2017年02月17日

【3巡目-141】 道の駅わじきから、22番平等寺、国道経由、23番薬王寺まで 〈その3〉[2016年5月9日]


朝方降っていた雨も上がってくれ、路面は濡れているものの、穏やかな天候となってきた。

「道の駅わじき」から1時間20分ほどで、(22)平等寺に到着した。

境内に入ってすぐにあった休憩所は、販売所になっていて休むことは出来なかったが、軒下にはベンチがあり、60代くらいの歩き遍路さんが休んでいた。

少し話し掛けてみることにした。なぜこの時間に平等寺にいるのか、知りたかったのもある。

大分県から来られたそうで、GW前から歩き始めていたが、熊本地震があって自宅のことが心配になり、一旦帰宅したそうである。

そして今朝、再び歩き始めるために新野駅に到着したばかり、との事であった。今日は由岐まで歩くそうである。
その方は参拝している間に出立して行き、その後会うことはなかった。

記憶があいまいだが、朝から何も食べていなかったはずで、随分とお腹をすかせていた。
この先(23)薬王寺まで、食事処や商店などは無かったと思う。この、新野の町で何か食べ物を調達しなければならない。

納経所の方にダメ元で、この辺りに食事処はないか尋ねてみるが、無いとの返事だった。門前の民宿「山茶花」さんが喫茶となっていたが、現在は営業していないそうである。
少しだけ遍路道を外れた場所に小さな商店があるそうなので、そこへ行ってみることにした。  


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2017年02月12日

【3巡目-140】 道の駅わじきから、22番平等寺、国道経由、23番薬王寺まで 〈その2〉[2016年5月9日]


幸い、大根峠への道はそれ程きつくはなく、擬木の階段を上り、山道の入口から7分で、薄靄の峠に到達した。

以前は無かった大きな看板があり、ここが大根峠であることが分かるようになっていた。

峠を越えてからが意外と長く感じる。
林の中を歩いていると、大きな声が聞こえてくる。その内、林を抜け、右手の少し離れた場所に牛舎が見えてきた。そこから声が聞こえてきていた。現役の牛舎なのだろうか。

程なくして、新しいヘンロ小屋「第47号大根」があった。中を覗いてみるが、雨で浸水しており、一休み出来そうにはなかった。
それ程激しい雨とはなっていないはずなのだが、壁が無いので、少しの雨風も防げないような造りとなっていた。

ヘンロ小屋を過ぎて間もなく、再び「お遍路さんの休憩所です」の看板があった。

普通のビニールハウスと作業小屋に見えるが、ハウスの中で休めるようになっているのだろうか。
「善人宿」の案内も書かれていたので、その事を指しているのかも知れない。

その少し先に、自由にお飲み下さい、と水道の蛇口があった。ここは、11年前からある、お接待の水場であるが、側にあった建物は消えており、蛇口とベンチだけが残されていた。  


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2017年02月08日

【3巡目-139】 道の駅わじきから、22番平等寺、国道経由、23番薬王寺まで 〈その1〉[2016年5月9日]


車の中で、6~7時間は寝ただろうか。
翌日は午前7時過ぎに、道の駅「公方の郷なかがわ」を出発した。
シトシトと雨が降る、今一つの天候、GWは昨日で終了し、今日は普通の月曜日である。

予期せぬ渋滞に巻き込まれながらも、(21)太龍寺の麓、阿瀬比の近くにある、道の駅「わじき」に到着した。
第二駐車場の方に車を止めさせてもらい、午前8時前には歩き始めた。

すぐに旧道へと入り、阿瀬比の集落内へ。おなじみのヘンロ小屋があった。誰も休憩していない様子である。
太龍寺麓の宿が無くなったので、この時間にこの辺りにいる人は少ないだろう。

普通の車道から簡易舗装の道に、少しずつ山の方へと入って行く。
何度か歩いている道なのだが、道しるべが少ない所があって、この道で合っているのか、と心配になることもあったが、無事に峠への取り付け場所へとたどり着いた。

「身を灼く炎天の下、肌をさす寒風の中、へんろ道」と書かれた、真新しい貼り紙が、樹木に括ってあった。
最近はそのような時期ばかりに歩いているので、今回のような気候の良い時期の遍路は久し振りである。

薄暗い森の中を歩き、大根峠を目指す。  


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2017年02月04日

【3巡目-138】 別格3番慈眼寺、20番鶴林寺、かも道、21番太龍寺麓まで 〈その15〉[2016年5月8日]


「山口中」バス停から、やって来たバスに乗り込む。

一人、歩き遍路らしき方が乗車しており、桑野で下車していった。
この辺りの宿に泊まるのか、JRで帰宅なり、移動されるのだろうか。

斜め後ろには、野球部らしき高校生がおり、小松島まで乗車していたから、随分と長距離通学である。
この高校生の話題を出したのは、翌日もまたバス車内で出会う、という面白いことになったからである。

1時間10分程もバスに揺られ、ようやく徳島駅に到着した。
JRに乗り継ぎ、佐古駅で下車、止めて置いた車へと戻って来た。

前回の遍路旅でも利用した、八万温泉で汗を流し、国道沿いの「東大」というラーメン屋で夕食、その先「道の駅 公方の郷なかがわ」で車中泊をすることにした。
道の駅に到着したのは、午後10時を回っていた。お接待を受けなければ、深夜0時近くになっていたことだろう。


本日のコースタイム
ふれあいの里さかもと6:52→8:18[3]慈眼寺9:16→10:27ふれあいの里さかもと→icon17(お接待)→11:00鶴林寺登り口→11:54(20)鶴林寺12:22→13:23大井休憩所13:25→一宿寺14:29→16:06(21)太龍寺17:04→太龍寺麓

太龍寺麓→icon17(お接待)→17:45山口中バス停18:08→icon18→19:15徳島駅19:27→19→19:30佐古駅→icon17→22:06道の駅「公方の郷なかがわ」


歩行距離:約22.6km
 歩数  :45868歩
最高気温:25.7℃
最低気温:17.2℃[美波町日和佐]
  


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2017年01月31日

【3巡目-137】 別格3番慈眼寺、20番鶴林寺、かも道、21番太龍寺麓まで 〈その14〉[2016年5月8日]


車道を下り続ける。思った以上に長く感じる。

大分、麓まで来たかなあ、という所で、少し先の道路が広くなった場所でUターンしている車がいた。
その車の方が自分の姿を見つけて、大きな声で「乗っていきますか~」と声を掛けてくれた。

今回、この車道を歩いたのは、11年前に痛む膝を引きずりながら、ほうほうのていで歩き、何とか「龍山荘」までたどり着いた、それを懐かしんでのことである。

これから、遍路宿だった「龍山荘」のあった場所へ、という、今回の遍路旅における一大メインイベントが開始、という場所で、お接待の声が掛かった、という訳である。

以前こんなことがあったhttp://masaushi3975.kitemi.net/e75786.htmlので、車お接待は受けようと決めていたから、反射的に、お願いします、と返事をし、快く申し出を受け入れさせてもらうことにした。

車に乗せてくれたのは、まだ30代後半くらいの、青年といってもいい方だった。
15年ぶりにこの辺りに来てみたそうで、自分と同じように、何か懐かしさを求めてやって来ていた様子だった。

車窓から、(21)太龍寺に到着した時に出発して行ったお遍路さんが歩いている姿が見えた。この先宿は無く、きっと野宿するのだろう。

青年の昔話などに耳を傾けながら、車は走る。
阿瀬比のバス停までお願いしたのだが、その少し先、「山口中」というバス停まで送って頂いた。

お陰で、1時間前のバスに乗り、それも徳島駅直行便だったので、1時間半早く徳島駅に着くことが出来た。

お接待と言えば、お年寄りがしてくれる印象だが、今日親切にしてくれた方たちは、自分と年が近い方ばかりだった。このように、次の世代へとお接待が受け継がれていって欲しい。  


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2017年01月27日

【3巡目-136】 別格3番慈眼寺、20番鶴林寺、かも道、21番太龍寺麓まで 〈その13〉[2016年5月8日]


午後5時前に(21)太龍寺へと到達出来た。ホッとする。
あとはゆっくりと参拝し、麓の阿瀬比からバスに乗って徳島市内へと戻る予定である。

本堂を参拝し、大師堂の前に来た瞬間、頭陀袋のひもがブチッと切れて、驚いてしまった。
11年間使っていたものだから、もう色は煤けて古くなっていたが、汗をかいてひもが濡れて弱くなってしまっていたのだろう。

よりによって、弘法大師と縁の深い太龍寺の、それも大師堂でひもが切れてしまい、何か悪いことが起こる予兆かとも思ったが、逆に良いことがあるのかも知れないし、逆にここで切れてしまったことも、お大師様とのご縁が出来たような気もした。

納経所そばのベンチでゆっくりと休憩をしていると、息を切らせてやって来た参拝客がいた。

陽気な方で、ロープウェイは使わずに少し下の駐車場から来たが、その道のりがきつかったことを語っていた。51才、との事である。少し癒された。

夕方の5時を過ぎてから(21)太龍寺を出発した。

太龍寺からは、最近復元された、「いわや道」や「平等寺道」があり、そちらを歩いてもよかったのだが、11年前に歩いた、懐かしい車道を進む。

急な下り道が続く。ここを上ってくるとは、先ほどの方はさぞつらかったことだろう。
駐車場にはエンジンが掛かった車が止まっていたので、お連れさんかも知れない。  


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2017年01月23日

【3巡目-135】 別格3番慈眼寺、20番鶴林寺、かも道、21番太龍寺麓まで 〈その12〉[2016年5月8日]


地図を取り出して現在地を確認してみると、どうやら尾根付近に到達していたようである。
この先、急な上りは終了し、緩やかな上り下りが続くだけで、ハイペースで歩くことが出来た。一安心である。

この地図は、「加茂谷へんろ道の会」が発行しており、「かも道」の詳細な地図の他、この道への思いなどが書かれている。

「太龍寺道」「いわや道」「平等寺道」の紹介もされている、貴重な冊子となっており、「ふれあいの里さかもと」で頂いたものである。

結局、(21)太龍寺に到着したのは午後4時過ぎだったので、慌てずにもう少しゆっくりと進んでもよかった。
途中、弘法大師の霊跡もあったのだが、急いでいたこともあり、しっかりと見てこなかった。年に数センチずつ動いている、という大岩などがあった。

(20)鶴林寺には、道が荒れている、と看板が立てられていたが、特に荒れた個所もなく、歩きやすい道が続いていた。

「一宿寺」から1時間半で、見覚えのある場所にたどり着いた。

一般的なルートで上がってきた場合と、(22)平等寺へ向かう道の交点となるT字路である。そこに、この「かも道」が加わる訳だから、交差点ということになるだろう。

ここから(21)太龍寺までが、急登が続き、予想外に大変だった。最後の力を振り絞り、山門をくぐる。さらに道は続き、5分ほどで、太龍寺境内に到達した。ちょうど、歩き遍路さんが一人、山を下って行った。  


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2017年01月19日

【3巡目-134】 別格3番慈眼寺、20番鶴林寺、かも道、21番太龍寺麓まで 〈その11〉[2016年5月8日]


近年復元された、「かも道」である。
要所には、真新しい案内標識が立てられており、道案内してくれる。

丁石などには解説板があって、由来などが分かるようになっていた。
ゆっくりと見ていきたい所だったが、急いでいたこともあり、少し立ち止まってはすぐに歩き続けた。

空っぽの石室が定期的に現れるのが目に付いた。中の仏さんは、「一宿寺」に祀られている、との事である。

丁石は、どれが南北朝時代のものなのか分からなかったが、いくつかあったどれもがそうなのかも知れない。

真新しい木のベンチがあったので、一休みすることにした。

ベンチに案内板が埋め込まれ、四国遍路や「かも道」の案内が書かれているが、(21)太龍寺までの距離には愕然としてしまった。

あと3kmとなっている。35分間、懸命に歩いて進んだ距離は1.4kmということになる。

この先、もう息が切れて、今までと同じペースでは歩けそうにもない。同じような道が続くとしたら、17時までには太龍寺にたどり着けないかも知れない。

休みもそこそこに、出発することにした。石灰岩の道となり、麓の眺めが素晴らしかった。ただ急いでいることもあり、すぐに通過する。
ふと、最初に一気に標高を稼ぎ、後は尾根道ではないか、と気が付いた。  


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2017年01月15日

【3巡目-133】 別格3番慈眼寺、20番鶴林寺、かも道、21番太龍寺麓まで 〈その10〉[2016年5月8日]


「十八女町」を歩いていると、走り去っていった車が急ブレーキで停車、バックしてこちらまで戻ってきた。

少し年上の怖そうな方だったが、「道間違えてないか?」と声を掛けてくれた。
「かも道」を歩くことを伝えると納得されたようで、そのまま走り去っていった。ありがとうございました。

那賀川を渡ると、その一帯が加茂谷と言われているようである。
昨年だったか、それ以前にも、この一帯が豪雨で水に浸かり、中学校が頻繁にテレビに出ていたのをよく覚えている。
遠くの田んぼ越しに学校らしき建物が見えていたので、あれが例の中学校だろう。

こちらはそこまでは行かず、山裾の集落を抜け、丘の上にある「一宿寺」を目指す。

遍路シールを頼りに歩き、「一宿寺」へとやって来た。
時刻は午後2時半である。ここから歩きの山道を約4kmということになる。のんびりとしていては納経時間に間に合わないかも知れない、早々に出立する。

竹林の中を進む。最初の内はそれ程きつい上りではなく、何とか休まずに上れたのだが、途中からきつくなってきて、息があがるようになってきた。
必死で上り続ける。  


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2017年01月11日

【3巡目-132】 別格3番慈眼寺、20番鶴林寺、かも道、21番太龍寺麓まで 〈その9〉[2016年5月8日]


水井橋手前の休憩所には官製の遍路道案内図があり、これから歩く「かも道」も、しっかりと書かれていた。

ここから、「かも道」の登り口となる加茂谷にある「一宿寺」までが4.2km、「一宿寺」から(21)太龍寺までが4.4kmとなっていた。
一方、一般的な遍路道をこのまま進むと、4.2kmとなっている。

なぜ昔は、わざわざ遠回りとなる加茂谷からの遍路道があったのか不思議だったが、「さかもと」で聞いた話によると、水井橋の辺りは流れが急で対岸に渡れなかった、だから加茂谷からの道が出来た、ということである。

なるほど、それだったら、「かも道」が歩かれたことも納得出来る。

水井橋の休憩所から、一般のお遍路さんとは反対となる、左方向へと進む。

那賀川の雄大な流れを眺めながらの歩きとなる。天気も良かったことから、素晴らしい風景に、こちらのルートを選んで良かったなあ、と思う。

右に大河、左は山、の車道を進み、少し平地が見られるようになり、住宅も現れてきた。
バス停名は「桃付」となっていた。この先、「十八女町」という地名の場所が登場することからも、何か艶っぽい地名が続いている。  


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2017年01月07日

【3巡目-131】 別格3番慈眼寺、20番鶴林寺、かも道、21番太龍寺麓まで 〈その8〉[2016年5月8日]


(20)鶴林寺からの下りは階段が続き、膝にとっては要注意個所である。
ゆっくりと降りていき、一旦車道に合流した。第一弾終了である。

第二弾の階段の場所に、コンクリートの場所があるので、ここで昼食とすることにした。
「ふれあいの里さかもと」で作ってもらった、おむすびである。1個70円でした。

今日の宿をどうするか考えながら歩いていたのだが、ふと、徳島市内に止めてある自分の車で車中泊すれば上手くいくのではないか、という考えが浮かんだ。

←遍路札が書かれています

(21)太龍寺へ午後5時までに到着出来さえすれば、麓の阿瀬比バス停の最終バスは午後7時過ぎ、徳島市内まで戻ることが出来る。

翌日は、「道の駅わじき」に車を止めさせてもらえば、歩き繋げることになる。
なぜこの方法に気が付かなかったのだろうか。

太龍寺への納経時間に間に合うように、時間をみながら歩くことになった。

階段を下り続け、麓の集落までやって来た。土砂崩れの危険があるということで、う回路を進み、県道へとたどり着いた。すぐ側に、いつもの休憩所があった。
昼食休憩を含め、鶴林寺から1時間の距離だった。  


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2017年01月03日

【3巡目-130】 別格3番慈眼寺、20番鶴林寺、かも道、21番太龍寺麓まで 〈その7〉[2016年5月8日]


あけましておめでとうございます。
本年も、「あぜ道コロコロ歩き旅」をよろしくお願い致します。



(20)鶴林寺での参拝を終える。
一人、歩き遍路さんがまだ残っていたので、これからどこまで歩くのか、話し掛けてみた。

逆打ちで、昨日は「山茶花」に泊まり、今日は「鮒の里」、との事だった。
初めての遍路、それもいきなりの逆打ちでの通し打ちで、出会った人たちから無謀と言われながらも、ここまで来たそうである。
うるう年のご利益の話を聞いて思い立ったのだろう。

先程見掛けたお遍路さんたちは、逆打ちだったのかも知れない。今年は、うるう年である。それで、この時間に「鶴林寺」にいた、という訳である。

(21)太龍寺へと向かう出発点に、これから歩く予定の「かも道」に関して、「路面状態が悪く歩くのに適していません」という真新しい看板が立っていた。

そういった表示があるが気にしなくても大丈夫、という話を事前に聞いていたし、実際に歩いてみて、何の問題もなかった。
わざわざそういった看板を立てる何かがあったのだろうか。

30分弱滞在して、(20)鶴林寺を後にした。
鶴林寺からの下りは階段が続き、膝には気を付けなければならない。

出発してから、鶴林寺で昼食も兼ねてゆっくり休めば、と後悔した。昼時だったので、お腹がすいてきた。  


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2016年12月29日

【3巡目-129】 別格3番慈眼寺、20番鶴林寺、かも道、21番太龍寺麓まで 〈その6〉[2016年5月8日]


(20)鶴林寺への歩きの山道の手前まで、宿の方に送ってもらった。
記念写真を撮らせてもらい、お別れする。

山道への入口には、新しい看板の他に古い遍路石があった。このルートも昔からの道のようである。
単に、歩ける道を遍路道に指定しただけなのかと思っていた。

この後も、年季の入った遍路石がいくつも残されていた。
[3]慈眼寺を参拝したお遍路さんが歩いた遍路道になるのか、それとも、「金子や」さんからの道が新しい道で、こちらが昔からの遍路道ということなのだろうか。

勾配のある上りが続き、何度か息を整えながら進む。
「金子や」さんの道よりもきつい印象だ。

役所が設置したのだろうか、立派な案内板が随所にあり、まるでこちらがメインルートのようである。

山道の入口から1時間弱で頂上に到達すると、目の前が(20)鶴林寺の山門であった。
(60)横峰寺への取り付けとよく似ている。

何組も参拝客が来ており、結構賑わっている印象である。そして、久し振りに歩き遍路さんを見掛けた。3人はいただろうか。

昼の12時過ぎだったのだが、なぜこの時間にここにいるのか、この時間からでは(22)平等寺にはたどり着けないはずだが、宿はどうするのか、とても気になった。  


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2016年12月25日

【3巡目-128】 別格3番慈眼寺、20番鶴林寺、かも道、21番太龍寺麓まで 〈その5〉[2016年5月8日]


[3]慈眼寺から1時間10分で、「ふれあいの里さかもと」に戻って来た。行き帰りとも、頂いた地図の所要時間とほぼ同じである。

10年ほど前ならきっと、こうした所要時間よりは随分と早く、今回なら30分は早く戻っていただろう、と少々落ち込む。

宿に顔を出すと、冷たいお茶を出してくれた。
再び、本日の行程を聞かれる。どこまで歩けるのか分からないので、まだ決まっていない。
阿南市の中心部や橘付近へバスで戻るかも知れない、と話をすると、わざわざその地域にあるホテルを調べて書き出してくれた。

また、宿の方が知り合いに連絡を取ってくれ、(20)鶴林寺の麓から、「かも道」入口の加茂谷の集落まで送迎してくれる、という人まで見つけてくれた。

「かも道」を歩くと、普通に遍路道を進むよりは1時間、余計に掛かるからである。
もし送迎して欲しいなら連絡して下さい、と至れり尽くせりでした。

宿の方に、車で鶴林寺の麓まで送ってもらう。
以前に歩いた「金子や」さんからの道ではなく、昨日見掛けた、横瀬橋からの遍路道を歩きたかったので、橋を渡った所で降ろしてくれるようにお願いすると、少しでも時間短縮を、と橋を渡って右折し、車で行ける所まで行ってくれた。

ほんの少しだが、車で移動することになり、歩き繋ぐことが途切れてしまうことになった。ただ、三巡目に入り、車お接待も受けることに決めていたので、ここは快く好意を受けることにした。  


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2016年12月21日

【3巡目-127】 別格3番慈眼寺、20番鶴林寺、かも道、21番太龍寺麓まで 〈その4〉[2016年5月8日]


[3]慈眼寺の本堂で参拝し、来た道を戻る。
行きも帰りも、数組の参拝客とすれ違った。別格にしては、人の気配がある印象である。
GW中ということがあるのだろう。

大師堂がある元の場所へと戻って来た。
境内のベンチで、ゆっくりと休ませてもらう。住職夫妻だろうかが出て来て、家族連れを見送っている。GWで帰省してきたお子さん夫婦だろうか、と勝手な想像をする。

大師堂横の建物が自由に入れるようになっていたので、中の方へ。
「護摩木」が置いてあり、1本200円と手頃な値段だったので、「心願成就」と一筆書かせてもらい、奉納させてもらった。

[3]慈眼寺を出立する。
来た道をまた戻ることになるのだが、変化に富んだ遍路道だったこともあり、まだ歩いたことが無い道を進んでいる感じがする。

道しるべがしっかりしており、帰りも道に迷う心配は無かった。

林の中を進みながらも、時折、視界が開けて、雄大な景色が現れる。遠くにダムも見えていた。

先程の、急斜面に建つ家の前を通ると、子供たちがいて賑やかだった。このような場所に子供が住んでいるのは、今の時代には滅多に無い事だろう。きっと、帰省中に違いない。  


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2016年12月17日

【3巡目-126】 別格3番慈眼寺、20番鶴林寺、かも道、21番太龍寺麓まで 〈その3〉[2016年5月8日]


休憩所を出て、石畳の急坂を上る。
大きな岩を削って道を作った箇所があり、岩の下を通るような場所もあった。

程なくして、写真の車道に到達した。ここからは、舗装路を歩くのみである。
20分程で、[3]慈眼寺に到着した。宿からは、1時間30分だった。

門前まで来ると、少し上にあるお寺の境内からおばさんが顔を出して、「穴禅定」行く?、と声を掛けてきた。行きません、と返事をする。
その後、家族連れらしきグループが、案内の方に連れられて山の方へと向かっていくのが見えた。

「穴禅定」は慈眼寺境内から少し山手にあるようで、少々急ぎ気味だったこともあり、考えもしていなかった。

境内に入ると、ここは大師堂で、本堂はまだ先、との事だった。本堂へと向かうが、ここからの道がきつかった。10分ほどではあったが、急な上りが続いていた。

「ふれあいの里さかもと」で頂いた地図に、「本堂+10分」と書いてあったが、このことだったようである。

息を切らせながら歩き、ようやく本堂のある場所へと到着すると、声が聞こえてくる。穴禅定に挑む家族連れが注意事項を聞いているようであった。

本堂と穴禅定の入口が同じ場所だったとは。
これだったら、体験してみるのも一考だったかも知れない。ただ、狭い場所に耐えられるか、も自信が無い。  


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2016年12月13日

【3巡目-125】 別格3番慈眼寺、20番鶴林寺、かも道、21番太龍寺麓まで 〈その2〉[2016年5月8日]


林の中の歩きの道、視界が開ける場所に出て車道歩き、を繰り返す、変化に富んだ、退屈しない道行である。

標高のある札所ではあるが、急な上りは少なく、少しずつ高度を上げていく印象である。
本当にきついのは、お寺に着いてからであった。

遥か彼方の山の頂上に、風力発電らしきプロペラが見える。
(12)焼山寺からの、「玉が峠」を過ぎてからの道でも谷の向こうにプロペラが見えていたが、同一の物を反対側から見ているのかも知れない。

全く車が通らない広域農道の無味乾燥な道を進み、再び山道へと入る。

しばらくは農道のような道で、頂いた地図には農家がある、となっているが、跡形もなく消えていた。

歩きの山道となった所で、休憩所の看板があり、古い作業小屋があった。

このような人の気配が無い場所の休憩所、きっと中は汚れてしまっているだろう、と思いつつ、中に入ってみると、結構小ぎれいだった。
誰か、定期的に整備してくれている人がいらっしゃるに違いない。
遍路ノートがあったのでパラパラとめくってみると、少ないながらも利用したお遍路さんの言葉が書かれていた。  


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2016年12月09日

【3巡目-124】 別格3番慈眼寺、20番鶴林寺、かも道、21番太龍寺麓まで 〈その1〉[2016年5月8日]


朝食は6時半からだった。別格の慈眼寺に向かうのは自分だけのようである。

朝食を済ませると、[3]慈眼寺へと出発した。参拝後は、(20)鶴林寺の登り口まで、車で送ってくれるということで、荷物を預けて出発した。

休日の朝の静かな雰囲気の中を歩く。

宿の方から、慈眼寺までの詳細な地図をもらったので、それを手にしながら進んで行くが、別格にしては道しるべがしっかりとしており、地図が無くても歩けるくらいだった。

国道の旧道らしき道を少し進み、散髪屋さん向かいの急坂を上る。ここからローカルな道となった。

簡易舗装の林の中の道を歩いていると、後ろから、トレイルランをしている、50才くらいの方がやって来た。
この辺り、トレイルランのコースになっているようで、看板も出ていた。

少し話し掛けてきてくれた。この方もお遍路さんだそうで、一巡目は車、二巡目は車と歩き、三巡目は甲浦まで歩いた所、との事である。

視界が開けると、人家が二軒、見えてきた。
急斜面の凄い場所に家が建っている。車も数台止まっており、生活感があったが、隣の家は廃屋となってしまっていた。  


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2016年12月05日

【3巡目-123】 19番立江寺から、阿千田越え、番外取星寺、坂本まで 〈その15〉[2016年5月7日]


夕食には、5組のお遍路さんが集まった(写真は朝食です)。

自分以外には、名古屋からの60代くらいの夫婦、福井県からの同じく60代くらいの方、埼玉県からの青年、そして、話をしなかったが、女性の方、の計6名の宿泊客だった。

ささやかながら、遍路談義が始まった。最近では、宿に泊まっても貸し切りばかりだったので、久し振りの感覚である。

他のお遍路さんと宿で話をしたのは、(86)志度寺門前の「栄荘」以来だろう。4年ぶりということになるだろうか。
女性のお遍路さんが食べ物にアレルギーのある方だったようで、宿の方が対応に追われ、すったもんだの夕食となりました。


本日のコースタイム
自宅 6日19:32→金沢東IC→icon17→15日1:02淡路島南PA5:58→icon17→徳島IC→icon17→6:31佐古駅前駐車場

佐古駅7:07→icon18→7:48立江駅7:55(19)立江寺8:10→8:50阿千田峠→9:19取星寺9:38→12:17ひなの里かつうら→14:31ふれあいの里さかもと


ふれあいの里さかもと:一泊二食、6480円  〈1階ゆず〉
      ※洗濯機4台100円・乾燥機4台100円、お茶あり、ジュース・ビール自販機あり
        朝食は6時半から
       宿泊客:歩き遍路5組6人  


Posted by こいったん at 20:14Comments(0)お遍路 第三拝(徳島)

2016年12月01日

【3巡目-122】 19番立江寺から、阿千田越え、番外取星寺、坂本まで 〈その14〉[2016年5月7日]


宿の方と一緒に、明日の日程を考えた。

(21)太龍寺の麓、阿瀬比まで送迎してくれるという、「えもとビジネス旅館」に連絡してくれたのだが、GW最終日にも関わらず、満室ということだった。

これで、この近辺で泊まる宿が無くなってしまった。

明日、別格の慈眼寺を参拝すると、(22)平等寺の門前の「山茶花」さんまではとても辿り着けない。
相談するうちに、慈眼寺は別の機会に参拝する、という斬新な案まで登場してきた。

太龍寺ロープウェイの乗り場付近にある「道の宿そわか」さんも考えたが、(21)太龍寺から車道を下りたいというこだわりがあって、ロープウェイで往復することになってしまいそうである。高いお金を使ってまで宿に移動するのも変であるし、そもそも、太龍寺へ17時までに到着出来るかどうかも分からないので、予約も出来ない。

翌日は結局、このバス停から徳島市内へと戻ることになりました。


ということで、太龍寺を参拝出来た場合は、麓の阿瀬比からバスに乗って、阿南市橘付近の宿へ。
無理そうならば、かも道上り口の加茂谷から市営バスに乗り、阿南駅付近の宿に泊まろうか、といくつかのプランを何となく頭に入れておいて出発するしかなかった。

阿南市橘付近や駅付近に宿があることまで、宿の方にわざわざ調べて頂いた。  


Posted by こいったん at 19:55Comments(0)お遍路 第三拝(徳島)