2017年03月26日

【3巡目-149】 道の駅わじきから、22番平等寺、国道経由、23番薬王寺まで 〈その11〉[2016年5月9日]


シトシト降っていた雨も、いつの間にか止んでいた。

参拝後、休憩する場所を探すが、外のベンチなどは雨で濡れてしまっている。納経所手前の建物に、ひさしがあって、その下のコンクリートの石段は乾いている。
通り掛かる参拝客の目にさらされてしまうが、ここで一休みすることにした。

ぐっしょりと雨で濡れた靴下を脱いで、足を乾かす。
そこに通り掛かった参拝客から、足がふやけているのでは、と笑いながら声を掛けてくれた。確かに、足は真っ白になりひどい状態だった。

(23)薬王寺でゆっくりと過ごし、お寺を出る。
寺の入口に来ると、懐かしい顔と再会することになった。「ふれあいの里さかもと」で一緒だった、埼玉の青年である。

今日はこの辺りに泊まるのかなあ、とは思っていたのだが、自分より後に到着するとは思っていなかった。
何でも、脚を痛めてゆっくりペースで歩いて来たそうで、由岐経由だった、との事だった。

「ふれあいの里さかもと」での出来事で盛り上がる。
記事には書けなかったが、個性的なメンバーが揃っていた一夜だったからである。
日にちを置いての再会は、歩き遍路の楽しさであろう。

久し振りに、納札の交換をした。  


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2017年03月22日

【3巡目-148】 道の駅わじきから、22番平等寺、国道経由、23番薬王寺まで 〈その10〉[2016年5月9日]


海賊舟の一角に、新しいヘンロ小屋が出来ていた。「ヘンロ小屋第52号 日和佐海賊舟」との事である。

ここで一休みさせてもらおうと向かってみると、このヘンロ小屋も大根峠の小屋と同様、ベンチに雨水が溜まっており、座れそうになかった。

せっかく作って頂いたヘンロ小屋なので言いにくいのだが、少しの雨で利用出来なくなるのは、何とかならないだろうか。
諦めて出発する。

北河内駅の場所だけでも確認しておこうかと思ったが、国道沿いには見つからず、いつの間にか通り過ぎてしまっていた。

建物が増えてきて、日和佐の市街地が近付いてきた。覚えのある建物も見受けられるようになる、懐かしい。

(23)薬王寺参拝者用の有料駐車場まであるが、恐らくもう営業していないだろう。少し先に、無料の大駐車場がある。
この辺りも昔はきっと、車を止める場所に悩むくらい賑わっていたに違いない。

午後3時12分、(23)薬王寺に到着した。
薬王寺は、40代前半の厄除けをお願いした、特別なお寺でもある。
1円玉の置いてある石段を、硬貨を踏まないよう、慎重に上り、本堂へと向かった。  


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2017年03月18日

【3巡目-147】 道の駅わじきから、22番平等寺、国道経由、23番薬王寺まで 〈その9〉[2016年5月9日]


いくつかのトンネルを抜けるが、その一つで、少し前に通り過ぎて行ったチャリダーがトンネル出口で身繕いをしていた。雨のためだろう。

声を掛けてみる。60代だろうか。今日はどこまで、と尋ねてみると、美波まで、との事だった。日和佐のことだろう。
平成の大合併で美波町となったが、日和佐、の方が馴染みがある。

本日は、日和佐駅か手前の北河内駅からJRで桑野駅へと戻り、そこから路線バスで「道の駅わじき」へと戻る計画を立てている。
乗り継ぎを考えると、15時台の汽車を考えていた。

時間的に、(23)薬王寺の参拝はあきらめていた所で、道端にバス停を発見する。
以前利用したことがある、川口行きのバス停だった。このバスを利用すれば、途中乗り換えをして、「道の駅わじき」まで戻れるはずである。

時刻表を見ると、16時台のバスがあった。このバスなら、(23)薬王寺を参拝しても乗ることが出来そうである、という事で、このバスを利用したプランに変更することにした。
なぜもっと早く、思いつかなかったのだろう。

バス停を過ぎると、懐かしい、「海賊舟」という飲食店のエンジ色の大きな建物が正面に見えてきた。  


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2017年03月14日

【3巡目-146】 道の駅わじきから、22番平等寺、国道経由、23番薬王寺まで 〈その8〉[2016年5月9日]


星越トンネルを抜けると、11年前に利用した、食事処「みどり」(旧星越茶屋?)があるはずである。

今も営業しているのか気になっていたのだが、すっかり廃墟のようになってしまっていた。お遍路さんで賑わっていたのが嘘のようである。

中を覗いてみたりしてみるが、もう何年もやっていない印象だった。

結局、(22)平等寺から(23)薬王寺まで、国道55号線経由で歩く場合には、途中で食を調達出来ないということになるから、気を付けなければならない。

国道は、歩道が無い区間はあるものの、ほとんど車は走っていないので、危険は感じない。

休憩場所がないかと歩き続ける。
雨降りなので、そこら辺に座り込んで、という訳にはいかない。

ちょうど国道沿いに、それ程古くはないが、人の気配がしない民家がある。庇の下が広くなっているので、雨を避けて一休み出来そうである。
ここで休ませてもらうことにした。なかなか快適だった。

休憩を終え、再び歩き始める。自転車の旅人が、声を掛けて通り過ぎて行った。

少し先にCAFEの看板があった。本日は営業してなさそうだったが、一角に小さな休憩所があった。今休んだばかりなので通過する。全く休む場所は無いと記憶していたが、新しく出来たのかも知れない。  


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2017年03月10日

【3巡目-145】 道の駅わじきから、22番平等寺、国道経由、23番薬王寺まで 〈その7〉[2016年5月9日]


斜面を上って行くと、小さなお堂があった。ここが「弥谷観音」だった。
敷地内には、ゆるぎ石という、オブジェのような石もあった。

本尊如意輪観世音のお札をお持ち帰り下さい、と貼り紙があり、ポストにお札があった。最後の一枚だったので気が引けたのだが、頂くことにした。

車道へと戻り、(23)薬王寺に向けて国道を目指す。アップダウンがあり、意外ときつい道を歩き、20分ほどで国道55号線に戻って来た。

国道から弥谷観音への道に入り、戻ってくるまでの間、一台の車にもすれ違わなかった。

国道は、日和佐道路が完成して、すっかり様相が変わっていた。
通り過ぎる車が、極端に少なくなってしまっていた。

シトシト雨の中を歩き続ける。
ようやく、簡素な休憩所が道端に見えてきた。
一休みしようかと思ったがバイクが止まっており、地元の方だろうか、休憩していた。入りづらく、通過することにした。

前方に、星越トンネルが見えてきた。
今回は、へんろ地図にも掲載されている、旧道の方を歩きたいと考えていたのだが、いつの間にか、峠への入口を通り過ぎてしまっていたようである。
天候や疲れもあり、星越峠はあっさりと諦めてトンネルを利用した。  


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2017年03月06日

【3巡目-144】 道の駅わじきから、22番平等寺、国道経由、23番薬王寺まで 〈その6〉[2016年5月9日]


ヘンロ小屋にて、濡れた荷物を下ろし、一休みする。
定期的に掃除してくれている方がいるのだろう、前回はゴミが散乱していたが、今回は利用に支障はなかった。

ほぼ一緒に到着したお遍路さんは、お先に、とあいさつして、早々に出発していった。今日はどこまで歩くのだろうか。

ヘンロ小屋を出発、少し戻って、「弥谷観音」を目指す。「へんろ道保存協力会」の遍路札が、文字は薄くなっているものの、何とか残っていた。

右へあと200m、という一般の看板があったのだが、協力会の道しるべは左へとの指示が出ていたので、そちらに従うことにした。

擬木の長い階段を下って行くと、「日天月天」など、不思議な雰囲気をもった名前の石などがあった。

再び階段を上り、車道に戻って来た。元気が無い場合には、そのまま車道を進んでいいかも知れない。

シトシトと降る小雨の中、「弥谷観音」に到着した。

全く人気は無い。土の駐車場の一角にプレハブの納経所があるのが印象的だ。
中を覗いてみるが、もちろん人の姿は無かった。
何か、行事がある時だけ開かれる納経所だろうか。

「弥谷観音」は、道路沿いでは無く、少し斜面を上った所にあるようである。このまま通り過ぎようかと一瞬躊躇したが、せっかくここまで来たのだから、ひと踏ん張りして上ることにした。  


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2017年03月02日

【3巡目-143】 道の駅わじきから、22番平等寺、国道経由、23番薬王寺まで 〈その5〉[2016年5月9日]


ほとんど車が通らないような車道を進む。
またも、逆打ちのお遍路さんとすれ違った。今朝、(23)薬王寺辺りの宿を出た人たちだろう。

こうした、人気の無い場所で歩き遍路の方とすれ違うと、元気が出てくる。
再び雨が降り出し、寂しい感じだったので、尚更である。

鬱蒼とした車道を歩いて来たが、開けた場所へと出て来た。
広い道となるが、国道の旧道になるのだろうか、通り過ぎる車はいない。
こんな人里離れた場所に運送会社があり、たくさんトラックが止まっている。

ここから国道に出るまで、距離は短いが少し面白い道となる。
脇道へと入ると、頭上には国道が走っており、隠れ家のようにポツンと家が建っている。

右に左にクネクネと進み、最後は竹藪の歩きの道を上ると、大動脈の国道55号線に出た。

今回は、「弥谷観音」を目指す予定である。入口を探しながら歩く。トンネルを一つくぐると右手に、「弥谷観音」へ向かう道があった。
その少し先に、「ヘンロ小屋第4号鉦打」が見えており、一休みさせてもらうことにした。

気が付くと、一人のお遍路さんが前を歩いていた。(21)太龍寺に到着した時に、入れ替わりに出発していった、お接待の車の中からも姿が見えていた方である。
脚を痛めたのか、かなりのスローペース、あっという間に追いついて、ほぼ同時にヘンロ小屋に到着した。  


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2017年02月26日

【3巡目-142】 道の駅わじきから、22番平等寺、国道経由、23番薬王寺まで 〈その4〉[2016年5月9日]


新野にある、小さな食品スーパーに入ってみる。
おばあさんがやっているようで、近所の方も遊びに?来ており、一声掛けてくれる。

昼食になりそうな、パンとちくわを購入する。
ちくわはナイロン袋にはいっており、賞味期限が切れたものを入れ替えたような雰囲気、値段が書いてなかったので安いかなあ、と期待するも、安くはなかった。

11年前に国道経由で(23)薬王寺まで歩いた時には、星越峠の先に「みどり」という食堂があり、利用させてもらったが、食事処としてはそこしか思い浮かばない。今もやっているだろうか。

(20)鶴林寺から(23)薬王寺にかけては、宿も無いが食事にも困る、難関地帯である。

(22)平等寺から「月夜御水庵」の辺りまでは、これまで同様、退屈に感じる。
都会でもなく、田舎という程でもなく、車道を淡々と歩く。

逆打ちの方とすれ違い、あいさつを交わす。やはり今年は、逆打ちの方が多い印象だ。

「月夜御水庵」からは、里の道から山の方へと入って行く。
すっかり人気のなくなった山道であり、不法投棄禁止の看板が目立っている。
道路の法面のコンクリートは、これまで同様、苔で覆われており、それを利用して文字が書かれていた。
「同行二人」と書いてあるように見えるから、きっとお遍路さんが書き残していったものだろう。  


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2017年02月21日

2017冬 歩き遍路 トピックス

冬遍路に行って来ました。

三日間とも冬らしくない天候が続き、気温は15℃前後もあったようです。
歩くと暑いのですが、風が強くて身体の表面はひんやりとし、汗をかきつつも寒い、といった感じでした。
梅や蝋梅の花を見ることが楽しみな冬の歩き遍路です。

歩いている方は、チラホラと見掛けました。

では、今回の遍路旅を、簡単に紹介します。

1日目[2月18日]は、(27)神峯寺の麓、唐浜駅に車を止めて出発しました。

高知県までとなると、車での移動は時間が掛かり、大変です。
広い駅前広場にポツンと車を置き、盗まれたり、張り紙がされたりしないかと不安でした。

前半は国道歩き、後半はサイクリングロード、とあまり変化のない単調な道が続き、退屈でした。「修行の土佐」です。

この日は、「香南市サイクリングターミナル 海のやどしおや宿」に泊まりました。


2日目[2月19日]は、今回の遍路旅、最初の札所となる(28)大日寺に参拝します。

ここで歩き遍路さんと出会い、翌日にも顔を合わせました。孤独遍路が続いていたので、こういったことは5年ぶりかも。

この日は、一度泊まってみたかった、「サンピア セリーズ」に投宿。とても良いホテルでした。

大浴場では、当日行われていた「高知龍馬マラソン」に参加した方と、楽しい出会いがありました。
宿代が高いなあと思ったら、夕食はウン千円のコース料理で驚きました。こんな豪勢な夕食は初めてです。今回限りの贅沢、という事で。


3日目[2月20日]のメインイベントは、(32)禅師峰寺への遍路道です。

東海図版の地図に掲載されている、昔からの道で、道に迷いやすいと書かれていましたが、すんなりと到着出来ました。
こちらの方が、遍路石もいくつかあって、へんろ道にふさわしい印象でした。

昼前には、峰寺通バス停から、後免町を経て、唐浜駅へと戻りました。車は無事にあり、一安心でした。

三度目の利用となる薬王寺温泉で遍路旅の疲れを癒し、車を走らせ、今日の朝には金沢へと帰ってきました。  


Posted by こいったん at 14:32Comments(0)歩き遍路 トピックス

2017年02月17日

【3巡目-141】 道の駅わじきから、22番平等寺、国道経由、23番薬王寺まで 〈その3〉[2016年5月9日]


朝方降っていた雨も上がってくれ、路面は濡れているものの、穏やかな天候となってきた。

「道の駅わじき」から1時間20分ほどで、(22)平等寺に到着した。

境内に入ってすぐにあった休憩所は、販売所になっていて休むことは出来なかったが、軒下にはベンチがあり、60代くらいの歩き遍路さんが休んでいた。

少し話し掛けてみることにした。なぜこの時間に平等寺にいるのか、知りたかったのもある。

大分県から来られたそうで、GW前から歩き始めていたが、熊本地震があって自宅のことが心配になり、一旦帰宅したそうである。

そして今朝、再び歩き始めるために新野駅に到着したばかり、との事であった。今日は由岐まで歩くそうである。
その方は参拝している間に出立して行き、その後会うことはなかった。

記憶があいまいだが、朝から何も食べていなかったはずで、随分とお腹をすかせていた。
この先(23)薬王寺まで、食事処や商店などは無かったと思う。この、新野の町で何か食べ物を調達しなければならない。

納経所の方にダメ元で、この辺りに食事処はないか尋ねてみるが、無いとの返事だった。門前の民宿「山茶花」さんが喫茶となっていたが、現在は営業していないそうである。
少しだけ遍路道を外れた場所に小さな商店があるそうなので、そこへ行ってみることにした。  


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2017年02月12日

【3巡目-140】 道の駅わじきから、22番平等寺、国道経由、23番薬王寺まで 〈その2〉[2016年5月9日]


幸い、大根峠への道はそれ程きつくはなく、擬木の階段を上り、山道の入口から7分で、薄靄の峠に到達した。

以前は無かった大きな看板があり、ここが大根峠であることが分かるようになっていた。

峠を越えてからが意外と長く感じる。
林の中を歩いていると、大きな声が聞こえてくる。その内、林を抜け、右手の少し離れた場所に牛舎が見えてきた。そこから声が聞こえてきていた。現役の牛舎なのだろうか。

程なくして、新しいヘンロ小屋「第47号大根」があった。中を覗いてみるが、雨で浸水しており、一休み出来そうにはなかった。
それ程激しい雨とはなっていないはずなのだが、壁が無いので、少しの雨風も防げないような造りとなっていた。

ヘンロ小屋を過ぎて間もなく、再び「お遍路さんの休憩所です」の看板があった。

普通のビニールハウスと作業小屋に見えるが、ハウスの中で休めるようになっているのだろうか。
「善人宿」の案内も書かれていたので、その事を指しているのかも知れない。

その少し先に、自由にお飲み下さい、と水道の蛇口があった。ここは、11年前からある、お接待の水場であるが、側にあった建物は消えており、蛇口とベンチだけが残されていた。  


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2017年02月08日

【3巡目-139】 道の駅わじきから、22番平等寺、国道経由、23番薬王寺まで 〈その1〉[2016年5月9日]


車の中で、6~7時間は寝ただろうか。
翌日は午前7時過ぎに、道の駅「公方の郷なかがわ」を出発した。
シトシトと雨が降る、今一つの天候、GWは昨日で終了し、今日は普通の月曜日である。

予期せぬ渋滞に巻き込まれながらも、(21)太龍寺の麓、阿瀬比の近くにある、道の駅「わじき」に到着した。
第二駐車場の方に車を止めさせてもらい、午前8時前には歩き始めた。

すぐに旧道へと入り、阿瀬比の集落内へ。おなじみのヘンロ小屋があった。誰も休憩していない様子である。
太龍寺麓の宿が無くなったので、この時間にこの辺りにいる人は少ないだろう。

普通の車道から簡易舗装の道に、少しずつ山の方へと入って行く。
何度か歩いている道なのだが、道しるべが少ない所があって、この道で合っているのか、と心配になることもあったが、無事に峠への取り付け場所へとたどり着いた。

「身を灼く炎天の下、肌をさす寒風の中、へんろ道」と書かれた、真新しい貼り紙が、樹木に括ってあった。
最近はそのような時期ばかりに歩いているので、今回のような気候の良い時期の遍路は久し振りである。

薄暗い森の中を歩き、大根峠を目指す。  


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2017年02月04日

【3巡目-138】 別格3番慈眼寺、20番鶴林寺、かも道、21番太龍寺麓まで 〈その15〉[2016年5月8日]


「山口中」バス停から、やって来たバスに乗り込む。

一人、歩き遍路らしき方が乗車しており、桑野で下車していった。
この辺りの宿に泊まるのか、JRで帰宅なり、移動されるのだろうか。

斜め後ろには、野球部らしき高校生がおり、小松島まで乗車していたから、随分と長距離通学である。
この高校生の話題を出したのは、翌日もまたバス車内で出会う、という面白いことになったからである。

1時間10分程もバスに揺られ、ようやく徳島駅に到着した。
JRに乗り継ぎ、佐古駅で下車、止めて置いた車へと戻って来た。

前回の遍路旅でも利用した、八万温泉で汗を流し、国道沿いの「東大」というラーメン屋で夕食、その先「道の駅 公方の郷なかがわ」で車中泊をすることにした。
道の駅に到着したのは、午後10時を回っていた。お接待を受けなければ、深夜0時近くになっていたことだろう。


本日のコースタイム
ふれあいの里さかもと6:52→8:18[3]慈眼寺9:16→10:27ふれあいの里さかもと→icon17(お接待)→11:00鶴林寺登り口→11:54(20)鶴林寺12:22→13:23大井休憩所13:25→一宿寺14:29→16:06(21)太龍寺17:04→太龍寺麓

太龍寺麓→icon17(お接待)→17:45山口中バス停18:08→icon18→19:15徳島駅19:27→19→19:30佐古駅→icon17→22:06道の駅「公方の郷なかがわ」


歩行距離:約22.6km
 歩数  :45868歩
最高気温:25.7℃
最低気温:17.2℃[美波町日和佐]
  


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2017年01月31日

【3巡目-137】 別格3番慈眼寺、20番鶴林寺、かも道、21番太龍寺麓まで 〈その14〉[2016年5月8日]


車道を下り続ける。思った以上に長く感じる。

大分、麓まで来たかなあ、という所で、少し先の道路が広くなった場所でUターンしている車がいた。
その車の方が自分の姿を見つけて、大きな声で「乗っていきますか~」と声を掛けてくれた。

今回、この車道を歩いたのは、11年前に痛む膝を引きずりながら、ほうほうのていで歩き、何とか「龍山荘」までたどり着いた、それを懐かしんでのことである。

これから、遍路宿だった「龍山荘」のあった場所へ、という、今回の遍路旅における一大メインイベントが開始、という場所で、お接待の声が掛かった、という訳である。

以前こんなことがあったhttp://masaushi3975.kitemi.net/e75786.htmlので、車お接待は受けようと決めていたから、反射的に、お願いします、と返事をし、快く申し出を受け入れさせてもらうことにした。

車に乗せてくれたのは、まだ30代後半くらいの、青年といってもいい方だった。
15年ぶりにこの辺りに来てみたそうで、自分と同じように、何か懐かしさを求めてやって来ていた様子だった。

車窓から、(21)太龍寺に到着した時に出発して行ったお遍路さんが歩いている姿が見えた。この先宿は無く、きっと野宿するのだろう。

青年の昔話などに耳を傾けながら、車は走る。
阿瀬比のバス停までお願いしたのだが、その少し先、「山口中」というバス停まで送って頂いた。

お陰で、1時間前のバスに乗り、それも徳島駅直行便だったので、1時間半早く徳島駅に着くことが出来た。

お接待と言えば、お年寄りがしてくれる印象だが、今日親切にしてくれた方たちは、自分と年が近い方ばかりだった。このように、次の世代へとお接待が受け継がれていって欲しい。  


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2017年01月27日

【3巡目-136】 別格3番慈眼寺、20番鶴林寺、かも道、21番太龍寺麓まで 〈その13〉[2016年5月8日]


午後5時前に(21)太龍寺へと到達出来た。ホッとする。
あとはゆっくりと参拝し、麓の阿瀬比からバスに乗って徳島市内へと戻る予定である。

本堂を参拝し、大師堂の前に来た瞬間、頭陀袋のひもがブチッと切れて、驚いてしまった。
11年間使っていたものだから、もう色は煤けて古くなっていたが、汗をかいてひもが濡れて弱くなってしまっていたのだろう。

よりによって、弘法大師と縁の深い太龍寺の、それも大師堂でひもが切れてしまい、何か悪いことが起こる予兆かとも思ったが、逆に良いことがあるのかも知れないし、逆にここで切れてしまったことも、お大師様とのご縁が出来たような気もした。

納経所そばのベンチでゆっくりと休憩をしていると、息を切らせてやって来た参拝客がいた。

陽気な方で、ロープウェイは使わずに少し下の駐車場から来たが、その道のりがきつかったことを語っていた。51才、との事である。少し癒された。

夕方の5時を過ぎてから(21)太龍寺を出発した。

太龍寺からは、最近復元された、「いわや道」や「平等寺道」があり、そちらを歩いてもよかったのだが、11年前に歩いた、懐かしい車道を進む。

急な下り道が続く。ここを上ってくるとは、先ほどの方はさぞつらかったことだろう。
駐車場にはエンジンが掛かった車が止まっていたので、お連れさんかも知れない。  


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2017年01月23日

【3巡目-135】 別格3番慈眼寺、20番鶴林寺、かも道、21番太龍寺麓まで 〈その12〉[2016年5月8日]


地図を取り出して現在地を確認してみると、どうやら尾根付近に到達していたようである。
この先、急な上りは終了し、緩やかな上り下りが続くだけで、ハイペースで歩くことが出来た。一安心である。

この地図は、「加茂谷へんろ道の会」が発行しており、「かも道」の詳細な地図の他、この道への思いなどが書かれている。

「太龍寺道」「いわや道」「平等寺道」の紹介もされている、貴重な冊子となっており、「ふれあいの里さかもと」で頂いたものである。

結局、(21)太龍寺に到着したのは午後4時過ぎだったので、慌てずにもう少しゆっくりと進んでもよかった。
途中、弘法大師の霊跡もあったのだが、急いでいたこともあり、しっかりと見てこなかった。年に数センチずつ動いている、という大岩などがあった。

(20)鶴林寺には、道が荒れている、と看板が立てられていたが、特に荒れた個所もなく、歩きやすい道が続いていた。

「一宿寺」から1時間半で、見覚えのある場所にたどり着いた。

一般的なルートで上がってきた場合と、(22)平等寺へ向かう道の交点となるT字路である。そこに、この「かも道」が加わる訳だから、交差点ということになるだろう。

ここから(21)太龍寺までが、急登が続き、予想外に大変だった。最後の力を振り絞り、山門をくぐる。さらに道は続き、5分ほどで、太龍寺境内に到達した。ちょうど、歩き遍路さんが一人、山を下って行った。  


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2017年01月19日

【3巡目-134】 別格3番慈眼寺、20番鶴林寺、かも道、21番太龍寺麓まで 〈その11〉[2016年5月8日]


近年復元された、「かも道」である。
要所には、真新しい案内標識が立てられており、道案内してくれる。

丁石などには解説板があって、由来などが分かるようになっていた。
ゆっくりと見ていきたい所だったが、急いでいたこともあり、少し立ち止まってはすぐに歩き続けた。

空っぽの石室が定期的に現れるのが目に付いた。中の仏さんは、「一宿寺」に祀られている、との事である。

丁石は、どれが南北朝時代のものなのか分からなかったが、いくつかあったどれもがそうなのかも知れない。

真新しい木のベンチがあったので、一休みすることにした。

ベンチに案内板が埋め込まれ、四国遍路や「かも道」の案内が書かれているが、(21)太龍寺までの距離には愕然としてしまった。

あと3kmとなっている。35分間、懸命に歩いて進んだ距離は1.4kmということになる。

この先、もう息が切れて、今までと同じペースでは歩けそうにもない。同じような道が続くとしたら、17時までには太龍寺にたどり着けないかも知れない。

休みもそこそこに、出発することにした。石灰岩の道となり、麓の眺めが素晴らしかった。ただ急いでいることもあり、すぐに通過する。
ふと、最初に一気に標高を稼ぎ、後は尾根道ではないか、と気が付いた。  


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2017年01月15日

【3巡目-133】 別格3番慈眼寺、20番鶴林寺、かも道、21番太龍寺麓まで 〈その10〉[2016年5月8日]


「十八女町」を歩いていると、走り去っていった車が急ブレーキで停車、バックしてこちらまで戻ってきた。

少し年上の怖そうな方だったが、「道間違えてないか?」と声を掛けてくれた。
「かも道」を歩くことを伝えると納得されたようで、そのまま走り去っていった。ありがとうございました。

那賀川を渡ると、その一帯が加茂谷と言われているようである。
昨年だったか、それ以前にも、この一帯が豪雨で水に浸かり、中学校が頻繁にテレビに出ていたのをよく覚えている。
遠くの田んぼ越しに学校らしき建物が見えていたので、あれが例の中学校だろう。

こちらはそこまでは行かず、山裾の集落を抜け、丘の上にある「一宿寺」を目指す。

遍路シールを頼りに歩き、「一宿寺」へとやって来た。
時刻は午後2時半である。ここから歩きの山道を約4kmということになる。のんびりとしていては納経時間に間に合わないかも知れない、早々に出立する。

竹林の中を進む。最初の内はそれ程きつい上りではなく、何とか休まずに上れたのだが、途中からきつくなってきて、息があがるようになってきた。
必死で上り続ける。  


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2017年01月11日

【3巡目-132】 別格3番慈眼寺、20番鶴林寺、かも道、21番太龍寺麓まで 〈その9〉[2016年5月8日]


水井橋手前の休憩所には官製の遍路道案内図があり、これから歩く「かも道」も、しっかりと書かれていた。

ここから、「かも道」の登り口となる加茂谷にある「一宿寺」までが4.2km、「一宿寺」から(21)太龍寺までが4.4kmとなっていた。
一方、一般的な遍路道をこのまま進むと、4.2kmとなっている。

なぜ昔は、わざわざ遠回りとなる加茂谷からの遍路道があったのか不思議だったが、「さかもと」で聞いた話によると、水井橋の辺りは流れが急で対岸に渡れなかった、だから加茂谷からの道が出来た、ということである。

なるほど、それだったら、「かも道」が歩かれたことも納得出来る。

水井橋の休憩所から、一般のお遍路さんとは反対となる、左方向へと進む。

那賀川の雄大な流れを眺めながらの歩きとなる。天気も良かったことから、素晴らしい風景に、こちらのルートを選んで良かったなあ、と思う。

右に大河、左は山、の車道を進み、少し平地が見られるようになり、住宅も現れてきた。
バス停名は「桃付」となっていた。この先、「十八女町」という地名の場所が登場することからも、何か艶っぽい地名が続いている。  


Posted by こいったん at 18:57Comments(0)お遍路 第三拝(徳島)

2017年01月07日

【3巡目-131】 別格3番慈眼寺、20番鶴林寺、かも道、21番太龍寺麓まで 〈その8〉[2016年5月8日]


(20)鶴林寺からの下りは階段が続き、膝にとっては要注意個所である。
ゆっくりと降りていき、一旦車道に合流した。第一弾終了である。

第二弾の階段の場所に、コンクリートの場所があるので、ここで昼食とすることにした。
「ふれあいの里さかもと」で作ってもらった、おむすびである。1個70円でした。

今日の宿をどうするか考えながら歩いていたのだが、ふと、徳島市内に止めてある自分の車で車中泊すれば上手くいくのではないか、という考えが浮かんだ。

←遍路札が書かれています

(21)太龍寺へ午後5時までに到着出来さえすれば、麓の阿瀬比バス停の最終バスは午後7時過ぎ、徳島市内まで戻ることが出来る。

翌日は、「道の駅わじき」に車を止めさせてもらえば、歩き繋げることになる。
なぜこの方法に気が付かなかったのだろうか。

太龍寺への納経時間に間に合うように、時間をみながら歩くことになった。

階段を下り続け、麓の集落までやって来た。土砂崩れの危険があるということで、う回路を進み、県道へとたどり着いた。すぐ側に、いつもの休憩所があった。
昼食休憩を含め、鶴林寺から1時間の距離だった。  


Posted by こいったん at 19:29Comments(0)お遍路 第三拝(徳島)