2017年07月13日

【3巡目-176】内妻から、海南、海部、宍喰、東洋町生見まで 〈その8〉[2016年8月14日]

「海津ミルク」を出発する。
那佐湾を眺めながらの歩きは気持ちが良いのだが、体調は思わしくない。
ゆっくりと休憩したのだが、回復しなかった。

宍喰に向けて、軽い丘を越える。もう息が切れて大変である。これは完全に熱中症なのだろう。
先程休んだばかりだが、再び休憩場所を探す。

頂上らしき場所に近付いた所で、路肩が広くなっている場所があった。一本の木が、わずかに日陰を作っていたので、そこに入り込むように横になった。

遍路中に身体を横にすること自体、滅多になく、道端で寝っ転がってしまうとは、初めてのことである。

国道を走る車の方からも、きっと気付かれていただろう。が、もう歩けないので仕方がない。

15分程横になっていただろうか、それでも調子は良くならない。
1日の歩行距離は22kmと短くはなるが、なんとか東洋町生見まで行き、車を止めてある日和佐へと戻るバスの時間までに歩き通すことを目標に頑張ることにした。

遍路宿になるのだろうか、「はるる亭」を通過、丘を越え、宍喰の街へとやって来た。
この街にはセブンイレブンがあるが、おそらく室戸岬へ向けての最後のコンビニだろう。  


Posted by こいったん at 14:18Comments(0)お遍路 第三拝(徳島)

2017年07月07日

【3巡目-175】内妻から、海南、海部、宍喰、東洋町生見まで 〈その7〉[2016年8月14日]

那佐湾を望みながら歩く。
次の休憩場所にと考えていた、「海津ミルク」を目指す。
前回も休ませてもらった、お遍路さん休憩所である。

その内、前方に歩いているお遍路さんの姿が見えるようになってきた。追いつけるかも知れない、と頑張って歩くが、なかなか差は縮まらない。
服装からすると、昨日、日和佐を出てすぐに見掛けたお遍路さんのようだった。

休憩所までなかなかたどり着けない。場所をはっきりと覚えていなかったので、もしかしたら無くなってしまったのかなあ、と心配になったが、ようやく右手に、海津ミルクの黄色い建物が見えてきた。

中に入って休ませてもらう。無人販売のように牛乳が売られていたので、一本お買い上げした。

ようやく日陰で休むことが出来る。
ふと外を見ると、先程のお遍路さんが、道路向かいの建物の陰で休んでいる姿が見えた。

道端で休まなくても、こちらに屋根付きの休憩所があるのだが。存在に気付いていないのだろうか。

会釈をしてみると、ちゃんと返ってきた。少し距離があったので顔がはっきりと分からなかったのだが、外国の方だったかも知れない。

「海津ミルク」で休ませてもらっていると、軽トラに乗ったおばさんがやって来た。どうやら、この休憩所を開設してくれている方のようである。
配達用のものだろうか、凍った保冷剤を貸してくれたので、火照った身体に当てて、クールダウンした。  


Posted by こいったん at 22:22Comments(0)お遍路 第三拝(徳島)

2017年07月04日

【3巡目-174】内妻から、海南、海部、宍喰、東洋町生見まで 〈その6〉[2016年8月14日]

旧海南町のローソンを出発する。
出来るだけ冷たいものを吸収しようとコンビニのアイスコーヒーを片手に歩くが、すぐに氷は溶けてしまった。

新海部川橋を渡る。お盆中のためだろうか、交通量は多い。
車のナンバーを見ていると、神戸や大阪などの県外ナンバーもかなり多い。サーフィンなどの観光や、帰省だろうか。

橋を渡り終えると、旧海部町となる。
左手の大きなスーパーは、11年前に立ち寄ったことがあり、懐かしい。
その時宿泊した「大安食堂」は廃業して大分経つだろうが、まだ建物は残っていた。泊まってみて、驚いた宿だった。

旧海部市街はすぐに終わり、緩やかな上り道となる。
平地なら何とかなるが、ちょっとした上りでさえ、もうつらくて仕方がない。
時刻は10時20分過ぎ。何とか、生見までは頑張って歩きたい。

頂上付近に、ヘンロ小屋が出来ていた。
「ヘンロ小屋第39号NASA」ということだが、真夏のためか、樹木が覆いかぶさってしまっていた。

丘を越えると那佐湾を望む海沿いの道となり、気持ちが良い。
対岸にも陸地が見えているので川のようでもあるが、地図で見ると、海と繋がっている。  


Posted by こいったん at 23:18Comments(0)お遍路 第三拝(徳島)

2017年07月01日

【3巡目-173】内妻から、海南、海部、宍喰、東洋町生見まで 〈その5〉[2016年8月14日]

なぜ、このような場所に大きな休憩所があるのか不思議だが、バブルの遺構ということになるのだろうか。

休憩所は古くなってきていたが、まだ大丈夫。ここで、寝っ転がって休憩した。
遍路中に横になることなどほとんどなく、少しでも体調が回復すれば、と思ったのだが、結局、あまり効果は無かった。

丘を越えると、住宅や商店、田んぼが適度に点在する風景となる。
30分ほどは頑張って歩いただろうか、またまた休みたくなってきた。

お遍路さん休憩所のようなものはこのルートには見当たらず、通りがかりの土建屋さんの一角をちょっと借りて、一休みさせてもらった。お盆なので、人の気配はない。

少し小高い場所から、平地へと下りてきた。
へんろ地図では、左折して海部市街へと入って行く所だが、コンビニに寄りたくて直進し、国道55号線へと出た。

ローソンに入る。おでんが既に販売中で、無性に食べたくなり注文するが、あと30分待って下さいとの事で、泣く泣く諦める。
アイスコーヒーなどを買い込んで、店の裏辺りで腰を下ろした。

休憩しまくりで、時速2kmほどのペースかも知れない。  
タグ :歩き遍路


Posted by こいったん at 23:48Comments(0)お遍路 第三拝(徳島)

2017年06月28日

【3巡目-172】内妻から、海南、海部、宍喰、東洋町生見まで 〈その4〉[2016年8月14日]

一休みして、鯖大師辺りの海岸を出発する。
へんろ地図にも掲載されている、海山荘があり、海賊料理という大きな看板と、派手な旗がぶら下がっていた。宿はもう少し丘の上にあるようである。

実は昨日、最初にこの宿を予約してみたのだが、満員という事で断られていた。昨日だったら、この丘を上がって行くのは大変だったかも知れない。

体調が悪いので、辿る予定でいたその後の八坂八浜の遍路道は飛ばし、国道55号線をひたすら進んだ。

旧海南町(海陽町)へと入る。遍路道は国道経由と海側の道の二つに分かれる。

国道へと誘導したそうな看板があるが、一巡目にも歩いた、海側の方の道を進むことにした。
農道は遠回り、と書かれているが、へんろ地図では100m、海側の方が短くなっている。

静かな港町、といった感じの浅川の街を進み、以前にも休ませてもらったことがある、農協の支所の入口で休憩とした。休日なので、人の出入りはない。
自販機があるので、水分補給をする。

集落を抜けると、小高い丘を越える道となる。先程休んだばかりなのだが、ゆるやかな上り道に、もうしんどくなってきた。
ちょうどこんな場所に、と言おうか、トイレと広い休憩所があったので、再び休憩とした。  


Posted by こいったん at 22:44Comments(0)お遍路 第三拝(徳島)

2017年06月25日

【3巡目-171】内妻から、海南、海部、宍喰、東洋町生見まで 〈その3〉[2016年8月14日]

岩場の遍路道を超え、再び浜となる。
行き止まりになるかと心配していたのだが、犬の散歩をしているおばさんがいた。どこかに道が続いているはずである。
遍路札を探しながら、慎重に進む。

樹木に札が複数ぶら下がっている場所があり、林の中を入って行くと、無事に国道へと合流出来た。

この遍路道は歩いた記憶が無かった。なかなか楽しい道だったが、きっと国道をそのまま進むお遍路さんの方が圧倒的なのだろう。

この後、旧道や遍路道を丁寧に回るつもりでいたのだが、身体の調子がおかしい。脚がガクガクしたり、息切れもする。
今日の最低限の目標を、約20km先の高知県東洋町生見までとして、歩いて行くことにした。
お盆中なので宿はサーファーなどで満室だろうから、車中泊の予定である。

トンネル手前には、へんろ道への誘導看板がいくつか見られたのだが、そのまま国道を進む。
四巡目の時には必ず、遍路道を歩こう。

鯖大師の辺りまでやって来た。海岸の方に出て、一休みする。

慰霊碑があり、昭和51年に若者がボート遊びをしていて遭難してしまったことから、こうした悲しい事故が再び起きぬように、との願いで建立された、との事である。
存命なら、還暦を過ぎた頃の方たちだろうか、と慰霊碑を眺めながら考え込んでしまった。  


Posted by こいったん at 22:30Comments(0)お遍路 第三拝(徳島)

2017年06月22日

【3巡目-170】内妻から、海南、海部、宍喰、東洋町生見まで 〈その2〉[2016年8月14日]

午前6時45分に「内妻荘」を出発した。

すぐに、「松坂峠」への上り口がある。
夏草に覆われているが、日の当たっている部分にだけ草が生え、山の中はきっと歩きやすい道だろう、と思い、峠へと向かうことにした。

案の定、草に覆われていたのはほんの一部分で、後は歩きやすい遍路道が続いていた。サワガニが、突然現れた人間に逃げ回っていた。

昨日の大坂峠と同じく、ちょっとした丘を越える道だったのだが、随分と息が切れてしまい、身体の調子がおかしい。残念ながらこの後、ますます悪くなってしまう。

松坂峠を何とか越えると、古江の浜を歩く、との遍路札があり、指示に従うと、海岸を歩く道となった。
全く覚えが無いので、この遍路道を歩くのは初めてかも知れない。

海岸を歩く遍路道は、大岐の浜だけではなくここにもあるとは思わなかった。

その内、写真の岩場が遍路道となった。へんろ札もぶら下がっている。
こんな凄い場所が道となっているとは。指示に従い進んで行く。

岩場を乗り越えると、再び砂浜となった。遍路道は続いているのかと不安になる。  


Posted by こいったん at 22:07Comments(0)お遍路 第三拝(徳島)

2017年06月19日

【3巡目-169】内妻から、海南、海部、宍喰、東洋町生見まで 〈その1〉[2016年8月14日]

朝食の時間は宿の方に直接聞かなかったのだが、午前6時から、と古い看板がぶら下がっていたので、翌朝はその時間に大広間へと向かった。

まだ準備中で一旦部屋へと戻る。再び大広間へと行き、声を掛けると、慌てて食事の準備をしてくれた。
食事は6時半以降なのかも知れない。

男性の方がお世話をしてくれたのだが、感じの良い女将さんのご主人なのだろうか。渡辺いっけい風の話しやすそうな方だった。

他のお客さんを差し置いて、一人お先に朝食を頂く。

朝食後、清算をする。ご主人に今日の宿を聞かれたので、歩けるところまで歩いてから、自分の車で車中泊することを話す。

この時、夕食の時に同じテーブルだった方も歩き遍路だった、と教えてくれた。

今日は、約20km先の東洋町生見周辺の宿に全て断られ、40km以上先の「ロッジおざき」に偶々キャンセルが出たそうで、朝早くに出立していったそうである。いざとなればバスを使う、との事だった。

歩き遍路さんだったのなら、話し掛けてみれば良かった。出来れば、年上の方から話し掛けてもらえればうれしいのだが。  


Posted by こいったん at 22:45Comments(0)お遍路 第三拝(徳島)

2017年06月16日

【3巡目-168】 23番薬王寺から、南阿波サンライン、牟岐、内妻まで 〈その14〉[2016年8月13日]


部屋からの眺めは良く、内妻の湾を一望することが出来た。サーフィンをしている人たちの姿が小さく見える。

洗濯をお願いすると、お接待でします、との事で、有難くして頂いた。

宿内は一昔前の雰囲気があり、自分にとってはなかなか面白い。
この自販機は、30年ほど前のものだろうか。

また、遍路関連のチラシや冊子があったり、旧土佐街道の歩き用の地図が貼ってあるなど、歩き遍路に理解のある宿のようであった。

距離的に、この辺りで宿をとるお遍路さんは少ないと思われるが、ぜひ頑張ってほしいなあ、と思った。

内妻荘:一泊二食 7020円 、瓶ビール580円 〈2F かつお〉
      ※洗濯はお接待で無料。レトロな自販機あり。浴衣あり、シーツ・お茶なし。朝食はおそらく
        6時から。
    宿泊客:歩き遍路2人、その他一般客、団体客、数組。  


Posted by こいったん at 22:13Comments(0)お遍路 第三拝(徳島)

2017年06月13日

【3巡目-167】 23番薬王寺から、南阿波サンライン、牟岐、内妻まで 〈その13〉[2016年8月13日]


国道から脇に入ると、八坂八浜の一つになるのだろうか、松坂峠への入口があり、夏草に覆われていた。
その先、少し下った所が「内妻荘(うちづまそう)」の入口だった。
ちょうど少年が宿へと入っていったので、家族連れなどで賑わっているのだろう。

宿に入ると、若い女将さんが対応してくれた。レスリングの浜口京子をスマートにして、可愛くした風の、感じの良い方だった。

一息ついてからお風呂へ。数人が入れそうで、わりと大きめだった。建物は少々迷路風で、上へ下へと移動があり、面白かった。

←きれいに完食しました。

夕食は午後6時半との事だったが、今日はお客さんが多いためだろう、準備が遅れていたので、一旦部屋へと戻る。
7時過ぎに大広間に向かうと、既に宿泊者が食事をして、賑わっていた。

グループごとに卓を囲んでおり、一人で宿泊していた方と同じテーブルとなった。
一般のお客さんかと思い話をしなかったが、この方も歩き遍路さんということを翌日知った。

夕食はまずまずの量で、ご飯のお替りも出来る程、食欲旺盛だった。これなら明日も元気に歩けるぞ、と思ったのだが、そうはいかなかった。  


Posted by こいったん at 22:30Comments(0)お遍路 第三拝(徳島)

2017年06月10日

【3巡目-166】 23番薬王寺から、南阿波サンライン、牟岐、内妻まで 〈その12〉[2016年8月13日]


草鞋大師から、海岸の方に降りてくる。一度歩いたことがあるはずなのだが、全く記憶に無く、こんな場所があったのか、と新鮮だった。

その内、海岸沿いの堤防を歩く道となった。面白い。
堤防道は、高知県の安芸の辺りだけかと思っていたら、ここにもあるとは忘れてしまっていた。

今日の宿はすぐ近くに見えているのだが、息が続かなくて大変である。身体の水分も抜けきってしまい、真夏恒例のかゆみも出てきていた。

堤防道から車道へと上がる所で、突堤に寝っ転がって一休みすることにした。

身体を休めるが、いつまでも寝ている訳にはいかないので、体を起こす。

海岸には海水浴やサーフィンを楽しんでいる人たちがいる。これから海に出ようとしている人がいたので会釈してみると、笑顔で挨拶が返ってきた。

サーファーと言えば、違う人種の人たち、という固定観念があるのだが、こうやって挨拶が返ってくるとはうれしいものである。

10分弱休んで、目の前に見えている宿を目指して歩き出す。
階段を上り、国道に出た。少し進んでようやく、本日の宿「内妻荘」に到着した。


本日のコースタイム
自宅 12日19:10→金沢西IC→icon17→13日0:28淡路島南PA5:37→icon17→徳島IC→icon17→7:19道の駅日和佐

道の駅日和佐7:29→7:32(23)薬王寺7:45→8:35千羽トンネル→15:20牟岐・ローソン15:49→16:03大坂峠→17:01内妻荘


歩行距離:22.8km+α
 歩数  :43896歩
最高気温:32.2℃
最低気温:25.6℃[日和佐]
  


Posted by こいったん at 22:22Comments(0)お遍路 第三拝(徳島)

2017年06月07日

【3巡目-165】 23番薬王寺から、南阿波サンライン、牟岐、内妻まで 〈その11〉[2016年8月13日]


大坂峠を息を切らせながら進む。

「ちょっと一服→海が見えるよ」と、遍路札があったので行ってみると、太平洋を眺められるスポットだった。
サンテナが置かれているので、ここに座ってゆっくりと海を眺めて下さい、という配慮だろうか。

遍路道沿いには、牟岐町観光ボランティアガイドの会の解説の張り紙があり、大坂峠は八坂八浜の最初の峠で、峠の長さは1km、高さは98m、との事である。
この先、八坂八浜と呼ばれる地域で、歩きの遍路道が続いているのだろう。
あまり歩いた記憶が無いので、今回は出来るだけ辿っていくようにしていきたい。

林の中を抜けると、視界が開け、眼下に美しい眺めが広がった。

今日泊まる予定の「内妻荘」も見えている。時刻は、午後4時半となっていた。
早く着きすぎて困るのでは、と思っていたのだが、めがね騒動のため、そんな心配も杞憂となった。逆に到着予定の5時を過ぎてしまいそうである。

予約の時に、遅くなりそうなら一報を、と言われていたので、出来るだけ時間通りに到着したい。

峠を下り、車道との交点に、草鞋大師がある。お地蔵さんが道端にぽつんとあった。平成二十二年建立、となっていたので、最近新しくなったようである。  


Posted by こいったん at 22:16Comments(0)お遍路 第三拝(徳島)

2017年06月02日

【3巡目-164】 23番薬王寺から、南阿波サンライン、牟岐、内妻まで 〈その10〉[2016年8月13日]


牟岐町のローソンを出発し、国道ではなく、草鞋大師がある、ヘンロ地図では点線となっている本来の遍路道と思われる道を進んだ。

しばらく車道を進むと遍路札があり、「入口」と書かれ、空き家へのスロープがある。この空き家が入口とは、室内を通っていくのか、と思いきや、反対側に遍路道への案内があった。

初めての遍路の時に通っているはずなのだが、全く記憶が途切れていた。
大坂峠と呼ばれる、歩きの道へと入る。
ちょっとした上り道なのだが、激しく息が切れてしまい、何度も休憩する。やはりアルコールはまずかった。

この道には思い出があり、十一年前に歩いた折に同宿したり、何度か顔を合わせていた福岡県のご夫婦と、期せずして再会することが出来た峠道であり、久しぶりの探訪となった。

当時は60歳ほどで、まだ青年のようなご主人と信心深そうな奥さんで、途中、明石寺から絵葉書を送って頂いた。
もう70歳を超えているだろうが、元気にしていらっしゃるだろうか。

一緒に休憩した場所があるはずなので、その場所を探しながら歩いていた。
何となくここだったかなあ、という場所はあったが、確信は出来なかった。  


Posted by こいったん at 20:30Comments(0)お遍路 第三拝(徳島)

2017年05月30日

【3巡目-163】 23番薬王寺から、南阿波サンライン、牟岐、内妻まで 〈その9〉[2016年8月13日]


水分補給をしてから、救ってもらった、「灘コミュニティセンター」を出発した。

街の方までやって来る。
この辺りは、東牟岐と言われているようで、牟岐駅など遍路道が通っている場所とは川の対岸になるのだが、住宅が密集し、小さな商店があったり、狭い路地があったりで、探検すると面白そうな場所だった。
このような集落があるとは思わなかった。

遍路シールなどは無いので、何となく、勘で進む。
川を渡ると、渡船場があった。海上に見えていた島へと、連絡船があるようである。

遍路道を目指して集落内を進む。
自分と同じ苗字の酒屋さんがあって、ビックリした。あまり無い苗字なので、記念撮影をする。

遍路道へと無事に合流する。
おなじみの、国道55号線沿いにあるローソンの側まで来たので、一休みすることにした。

このコンビニには、店内にイートインがあるので、買ったものを飲食出来るようになっていた。
ここで、アイスコーヒーや水を調達し、冷房の効いた涼しい店内で一息ついたのだが、あろうことか酎ハイまで飲んでしまったせいだろうか、身体がおかしくなってしまった。  


Posted by こいったん at 22:09Comments(0)お遍路 第三拝(徳島)

2017年05月27日

【3巡目-162】 23番薬王寺から、南阿波サンライン、牟岐、内妻まで 〈その8〉[2016年8月13日]


牟岐に向かって歩を進める。

人の気配がしない林の中の道を歩いていると、先程すれ違った郵便屋さんが戻って来て、バイクを止め、話し掛けてきてくれた。

通行止の区間は大丈夫だったか、との事だった。お遍路さんは見慣れているような雰囲気だった。

南阿波サンラインに入ってから、自動販売機が無かった。
そういうこともあろうかと、2リットルのペットボトルを用意しておいたのだが、眼鏡を無くし大幅に時間をロスするという想定外のことがあったため、水分が残りわずかとなってしまっていた。
のどが渇いていたのだが、少しずつ飲むようにする。

視界が開け、ようやく集落が見えてきた。自販機はないか、と探すが、小さな集落なので見付からない。

東海図版の四国遍路地図のピンクの点線に沿って歩いていくが、道なりに進んでいると、いつの間にか少し逸れてしまったようだ。

そのまま進むと、再び合流出来たようで、その合流地点らしき場所に、探していた赤い自販機が目に入った。
かなり危なかったので、本当に助かった。いざとなったら、川の水で渇きを癒そうと思ったくらいである。その川でさえも見付からないくらいだった。

「灘コミュニティセンター」ということで、腰かけて、ゆっくりと休憩させてもらった。  


Posted by こいったん at 22:25Comments(0)お遍路 第三拝(徳島)

2017年05月24日

【3巡目-161】 23番薬王寺から、南阿波サンライン、牟岐、内妻まで 〈その7〉[2016年8月13日]


南阿波サンラインから、さらに海沿いの道へと入る。が、すぐに、この先通行止の看板があった。歩きだったら何とかなるのではと思い、先へと進むことにした。

道を下って行くと、スカイラインからも見えていた、自給自足をしているような一軒家がポツンとあった。記念撮影しようとすると、家人が出てきたので、慌てて撮るのを止めた。

何も声を掛けられなかったから、この先、歩いてだったら行けるのかも知れない、と少し安心する。

かなり辺鄙な場所だったが、民家がいくつか見られた。ただ、人の気配がしない。
道は海岸へと近付き、樹木に覆われて見えにくいが、10mほど崖下に海が見える。

車両は通行止となり、道には落ち葉が散らばっていたが、歩きには特に支障は無く、通行止区間を無事に通過した。自己責任ということになるのだろう。

海沿いの林の中を進んで行くと、少しの田んぼがあり、作業をしている人の姿が見えた。この辺りに住んでいる人は、おそらく10人もいないだろう。

再び薄暗い林の中となる。小さな神社がある。徳島県なのになぜか高知神社となっていた。

人気の無い道をトボトボ歩いていると、郵便配達のバイクがやって来た。こちらに大いに関心がある様子で、会釈をして通過していった。

この道は歴史のある古い道かなあ、と思っていたが、遍路石などは見当たらなかった。  


Posted by こいったん at 21:45Comments(0)お遍路 第三拝(徳島)

2017年05月21日

【3巡目-160】 23番薬王寺から、南阿波サンライン、牟岐、内妻まで 〈その6〉[2016年8月13日]


気を取り直し、牟岐方面に向かって歩き続ける。
左手に時折海を見ながら、ゆるやかなアップダウンを繰り返す道が続く。

随分とバイクが走り過ぎるようになった。
よく見ると、何台かの同じバイクが行ったり来たりしている。もう絶滅したと思っていた、走り屋さんだろう。カーブを、膝を擦りそうになりながら曲がっていた。

道端の金網には、まさかの遍路札が掛かっていた。この道で見掛けた、唯一の札である。裏をみると、掛けた方の名前が書かれており、日付は平成13年となっていた。

スカイラインを歩き、丁度中間点辺りで、四国のみちと交差する。

日和佐駅からの次の駅、山河内駅の辺りから四国の道が続き、ここで合流することになっている。
案内板には、誰かの手書きで「☓」印がつけられている。もしかしたら、通れなくなっているのかも知れない。

ここからはスカイラインを離れ、東海図版の四国遍路地図に掲載されている、より海に近いグネグネ道を進む予定である。

この辺り、クマ出没の真新しい看板があったので、持鈴を鳴らすなど、気を付けた方が良さそうである。  


Posted by こいったん at 22:10Comments(0)お遍路 第三拝(徳島)

2017年05月18日

【3巡目-159】 23番薬王寺から、南阿波サンライン、牟岐、内妻まで 〈その5〉[2016年8月13日]


第一展望台の辺りまで戻って来たのは、最初にこの場所を通過してから2時間近く経っていた。
道すがら丹念に眼鏡を探したのだが、とうとう見つからなかった。

この場所まで戻って見つからなかったら諦めることにしていたのだが、諦めきれずにもう1~200m先まで戻ってみる。やはり眼鏡は見つからなかった。
観念して、先へ進むことにした。

まさか自分がこういった目に遭うとは思わなかった。

宿に早く着きすぎるかと気を揉んでいたが、普通に夕方5時ごろとなりそうである。

念のため、道端を確認しながら歩き続けた。
ふと、頭陀袋のポケットを見て、ビックリしてしまった。

落としてしまったはずの眼鏡がしっかりと入っていた。ちゃんと確認したはずなのだが、どうして見落としてしまったのだろうか。ポケットの中で置き場所を変えて試してみたが、見落とすとは思えず不思議でならない。

それでも、頓馬な失敗をしてしまったことより、眼鏡が無事に見つかったことの方がうれしかった。

ただ、この失敗が原因なのか、暑い中を頑張って歩きすぎたせいか、その後、熱中症のような症状が出てくることになった。  


Posted by こいったん at 21:33Comments(0)お遍路 第三拝(徳島)

2017年05月15日

【3巡目-158】 23番薬王寺から、南阿波サンライン、牟岐、内妻まで 〈その4〉[2016年8月13日]


宿の方から到着予定時刻を聞かれ、念のため、遅めの17時と伝える。

休憩を終え、出発する。宿には17時到着と伝えたが、歩きながら今の時間と宿までの距離を考える。

このままのペースでは、14時頃には着けそうである。もう少しゆっくり歩かなければ宿に早く着きすぎてしまう、海部町まで行けたかも知れないなあ、などと、余裕の考えが浮かぶ。

休憩後歩き出してから30分程経った頃、ふと眼鏡を掛けていないことに気が付いた。どこかに片づけたかな、とリュックや頭陀袋の中を探してみるが、見当たらない。
きっと、さっきの休憩場所に置き忘れたに違いない、と引き返すことにした。

道のどこかで落とした可能性もあるので、道端を探索しながら引き返す。

落し物や忘れ物をして道を引き返す経験は、初めてではないだろうか。人の経験談では聞いた事があるが、実際に自分の身に降りかかってくると、かなりつらいものである。

30分程戻って、先程休憩した場所に戻って来た。丁寧に周囲を探すが、眼鏡は見つからなかった。もっと手前で落としてしまったのか、と目の前が真っ暗になりそうである。

1万円程で買った眼鏡である。予備の眼鏡も持ってきていたので、諦めて進むことも考えられたが、諦めきれずに、もう少し引き返して探してみることにした。  


Posted by こいったん at 20:54Comments(0)お遍路 第三拝(徳島)

2017年05月12日

【3巡目-157】 23番薬王寺から、南阿波サンライン、牟岐、内妻まで 〈その3〉[2016年8月13日]


昨夏、南阿波サンラインを歩いた話に戻ります。

トンネルを抜けてしばらく歩き振り返ってみると、深い緑の斜面に道が続き、無理やり山裾に道路を造ったことが分かる。

高い橋を渡る。欄干も低く、少々怖いが、恐る恐る下を眺めたりしながら通過する。

少し上ると、第一展望台の入口となった。
50mほど先に駐車場やトイレが見えるが、歩いて立ち寄るには少々面倒で通過する。
約2時間後、再びこの辺りまで戻ってくることになるとは、夢にも思わなかった。

左手に、太平洋の荒波と岩礁が見えた。

少し進んで、道路の広い路側帯の一角で一休みすることにした。ここで、今日の宿の予約の電話をする。

日和佐を出た後は、「みなみ旅館」などがある、海部辺りの宿に泊まるのが一般的だが、出発が少し遅かったことや、南阿波サンラインを歩き、遠回りをしていること、真夏の遍路なので、身体を慣らすことを考え、少し手前の宿をあたってみる。

まず、「海山荘」に電話してみると、満室との連れない返事が。たったそれだけでも少し落ちこんでしまう。
気を取り直して、へんろ道の復元にも取り組んでいると聞いた事がある「内妻荘」に連絡してみると、気持ち良くOKをもらった。  


Posted by こいったん at 19:07Comments(0)お遍路 第三拝(徳島)