2013年04月30日

【242】歩き遍路29日目〈その4〉[2012年4月19日]

小田川に沿って、歩道が整備された国道を、黙々と歩く。
一本松食堂という食堂跡がある。まるで農家の倉庫のような建物である。
数十年前には、こういった食堂が多くあったのかも知れない。江戸・明治の街並みよりも、このような昭和50年代に惹かれる。

大瀬集落の手前から、旧道へと入る。細い道に立派なGSがあり、少々浮いている。

少し進み、対岸へと渡る橋の袂に東屋があり、ここで一休みとした。近くに自販機はあったのだが、気に入った缶コーヒーが無かったので、わざわざ大きな橋を渡って対岸の自販機まで買いに行ってきた。

大瀬集落は、ノーベル文学賞受賞で有名な大江健三郎の出身地である。一時期、マスコミで大きく報道されていたが、最近では名前をお聞きしないような。

藩政期に紙漉きで栄えたようで、街道に沿って、家々が立ち並んでいる。
トイレは一ヶ所しか見つからなかった。公民館だったか、自由に使えるようになっており、そこを利用させてもらった。

一昔前は、写真のような細道が延々と続いていたのだろうが、現在では道路改修がかなり進んできている。

「楽水大師」や「民宿来楽苦」辺りの細い道には、対岸にへんろ地図には載っていない、立派なバイパスが出来ていた。

旧小田町との分岐点は突合の集落だったが、その手前に立派なトンネルが出来ていた。ここを通ればかなり近道となるだろうが、今回は遍路道となっている旧道をそのまま進むことにした。  


Posted by こいったん at 21:50Comments(2)お遍路 第二拝(愛媛)

2013年04月28日

【241】歩き遍路29日目〈その3〉[2012年4月19日]

運動公園を出て、池のほとりを歩き、鉄道の高架下を通り抜け、内子の市街地へと入って来た。

内子町は江戸から明治にかけて、木蝋や和紙の生産で大いに栄えたそうで、その頃の繁栄を偲ばせる建物が保存されているようである。木蝋とは、ロウソクの原料らしく、電気の無い時代には大いに売れたことだろう。

それにしても、卯之町・大洲・内子とこの辺り一帯に、歴史ある街並みが残っているのはなぜだろうか。現在は、大都市から離れた、交通不便な土地というイメージがあるが、一昔前は今のように一極集中ではなく、地方といえども、それなりに賑やかだったに違いない。

通りの途中で古い街並みから外れ、裏通りを歩いてから国道へと出た。サンクスがあったので買い出しをする。国道56号線から379号線への分岐点となり、川を渡るとすぐに「道の駅内子フレッシュパークからり」である。

特産物直販所があり、イチゴのパックが150円と安かったので購入、外のベンチで食べた。缶コーヒーを求めて自販機を探し歩いたが、どこにも見当たらなかった。

ただ、この道の駅は店舗も多く、食事処が充実しているので、ゆっくりと休憩するには良いのではないだろうか。

道の駅を出ると、大瀬までは、トイレ・休憩場所等が見当たらない。一人、黙々と歩く。

一巡目の時は、内子から久万高原まで一人のお遍路さんとも出会わなかったが、今回も似たような状況である。個人的に、この辺りは孤独な区間である。  


Posted by こいったん at 21:22Comments(2)お遍路 第二拝(愛媛)

2013年04月26日

【240】歩き遍路29日目〈その2〉[2012年4月19日]

内子町に入ってすぐ、国道から細い道に入る分岐付近にYショップがあり立ち寄る。レシートを見ると「Yショップロンデン屋」となっている。ロンデン屋とは何だろう。

店を出ると、全身白衣装の身軽なお遍路さんが、ちょうどやって来た。静岡県から来られたTさんである。

通し打ちだそうだが、荷物は小さなリュック一つしかない。出来るだけ荷物を減らすことに拘ったそうである。お寺への到着や休憩場所・時間まで、全て計画を立ててあるという、スーパーお遍路さんだ。
今日の宿は、旧広田村の「たちばな旅館」との事。自分は昨夜の内に、「ゑびすや旅館」の方に予約を取ってある。

Tさんとは、旧北条市の宿までの4日間、同じペースで歩くことになる、が歩くスピードは全く違い、話が終わると、飛ぶように内子方面へと歩いて行った。
この先、同じ宿になることもあったが、到着時間はTさんの方が数時間も早かった。

遍路道は国道から左に入る。しばらくは家並みが続くが、その内、狭い谷間に田んぼや畑が並ぶ、のどかな農道となる。

農道が終わると、運動公園の中の道となる。本当に昔のお遍路さんがここを通ったのか、という気がしてしまう。
トイレがある一角で一休みとした。  
タグ :歩き遍路


Posted by こいったん at 21:30Comments(2)お遍路 第二拝(愛媛)

2013年04月24日

【239】歩き遍路29日目〈その1〉[2012年4月19日]

朝食の時間を忘れてしまったが、6時半だったろうか。昨日見掛けた60才くらいの方は、早朝に出発していったそうである。
もう一人、仕事で宿泊している感じの若い方が食事をしていた。こんなに朝早くから食事をして仕事へ向かうとは、こちらは遊んでいるというのに申し訳ない。

昨夜とは違う方(女将さんか)が朝食を作ってくれた。食堂を出る時に、お接待のおにぎりを持たせてくれた。

宿を朝7時に出発した。この建物は、元料亭を改造したものだろうか。周囲も新しい家・農家・新築アパートと不揃いで、不思議なエリアだった。

左手に大きく広がる田んぼを見ながら歩き、新谷付近で線路を渡り、国道56号線に出た。遍路道は旧道の方になっているが、しばらくは国道を歩く、が単調で退屈である。交通量も多いので、旧道の方に入った。

しかし直ぐに国道に合流となった。ちょうどそこに神南堂という休憩所があり、一休みした。

遍路ノートがあり、愛媛のSさんの書き込みを発見した。丸一日分、前を歩いているようである。この休憩所にはお風呂があるのだが、トイレが見当たらなかった。

この休憩所を提供してくれている方からは、ここを利用するお遍路さんのマナーの悪さを嘆く一文が残さていた。気を付けて利用させてもらわなければならない。

国道は若干の上りとなり、大洲市から内子町へと入って行った。  


Posted by こいったん at 21:38Comments(2)お遍路 第二拝(愛媛)

2013年04月22日

【238】歩き遍路28日目〈その8〉[2012年4月18日]

建物は和風だが、案内された部屋は洋室で、ソファ付きとなっていた。部屋にはトイレがあり便利だった。

早速、お風呂へと向かう。脱衣所で元気な青年に会い、あいさつされる。浴室内にももう一人青年がいて、二人で楽しそうに話している。お遍路さんという感じはしない。

つるつる石の湯船にジェット水流が付いていて気持ち良かった。

到着が遅かったので、夕食も少し遅らせてもらう。先程の青年たちもおり、少し質問を受ける。彼らは仕事でここに泊まっているようである。毎日30㎞ほど歩いていると話すと、感心されてしまった。

この宿に泊まる人は、お年寄りが多く、歩く距離も短い方が多いそうである。
そう言われてみれば、(43)明石寺辺りに泊まったお遍路さんは内子町まで歩くだろう。ここに泊まる方は25kmペースとなる。

食事中、60才くらいのおじさんが、テレビのつけ方が分からない、と顔を出してきた。確かに、最近のテレビのリモコンには操作が難しいものが多い。
この方はお遍路さんだったようで、その後、道後温泉で再会し、北条の宿で同宿することになる。

食事を作ってくれたのは従業員の方のようだったが、とても美味しかった。夜間は宿泊客のみとなり、翌朝、女将さんが来られるようである。


うめたこ旅館:一泊二食 6500円 
 ※浴衣、タオル、冷茶あり。トイレ・洗面あり。洗濯代はたぶん無料。乾燥機? 自販機は近くにあり。
    宿泊客:歩き遍路2人、一般客3人  


Posted by こいったん at 20:45Comments(2)お遍路 第二拝(愛媛)

2013年04月20日

【237】歩き遍路28日目〈その7〉[2012年4月18日]

近所のコンビニで、神奈川から来たという旅の自転車のおじさんに会いました。急な雨で困っている様子だったので、宿泊予定の金沢駅近くの宿まで送りました。何でも、奥の細道を辿っているとの事。仕事の休みを利用して、区切り打ちのように自転車で周っているそうで、二年かかって金沢まで到達したそうです。いいですね~。奥の細道も歩いてみたいと思っているのですが、詳しいルートがよく分かりません。へんろ地図のような冊子があれば、ぜひ歩いてみたいものです。


「十夜ヶ橋」は別格の8番となっている。別格の納経帳も持参しているので、参拝後、納経をお願いした。夕方5時ぎりぎりであった。

橋の下のお大師様に会いに行くと、布団をかぶっていた。弘法大師(空海)が一夜を過ごし、あまりにも寒くて、一夜が十夜にも感じた、と伝えられている。

先程の香川の方と休憩しながらお話をする。
仕事を定年となり歩いている、弟は警察官で内子町に住んでおり、ここに迎えに来てくれるそうである。

明日は内子から歩き始めるそうだ。またお会い出来るかと思ったが、その後、姿をお見かけすることは無かった。何となく印象に残る方だった。
午後5時半近くになったので、迎えを待つ香川の方とお別れして宿へと向かう。

国道を右折、「ふるさと旅館」の前を通り、交差点まで来ると、「お食事処うめたこ」があった。
へんろ地図とは場所が違うがここかなーと思ったら、店から若い店員さんが出てきて、宿はもう少し先なので案内します、との事だった。

5分ほど歩いただろうか、蔵の様な建物の「うめたこ旅館」に到着した。昔は料亭だったのだろうか。なぜこんな場所に、という所に宿はあった。


本日のコースタイム
チェックイン松山7:18→一番町三越前[松山市]7:39→icon18→9:14西予市役所前9:22→12:34鳥坂峠→13:26札掛大師堂→14:55大洲古い町並み15:55→16:46[8]十夜ヶ橋17:22→17:37うめたこ旅館


歩行距離:23.5km
 歩数  :41149歩
最高気温:22.5℃
最低気温: 7.8℃[旧宇和町]  


Posted by こいったん at 23:10Comments(2)お遍路 第二拝(愛媛)

2013年04月18日

【236】歩き遍路28日目〈その6〉[2012年4月18日]

今日は内子町まで行くことも考えていたのだが、かなり到着が遅くなってしまいそうなので、大洲市泊まりとした。少々余裕が出来、それでのんびりと観光していたのであるが、普通に歩いていれば内子まで行けたかも知れない。

どこの宿に泊まろうか迷ったが、最近、無料で色々な場所に置いてある「伊予二十六ヵ寺参り」という小冊子に掲載されていた「うめたこ旅館」に予約をした。写真のお風呂に惹かれたのもある。
あまり宿泊したという話は聞かないので、どんな宿だろうか。あと5㎞ほど先にある。

この冊子、「伊予」だけではなく、他の国の物も発行されている。宿泊代が書いてあるので、この冊子の宿に泊まることが多くなった。

1時間ほど大洲の古い町並みを散策し、出発した。

大洲市街を抜けるが、国道56号線沿いには、延々と郊外型大型店舗が連なっている。通り過ぎる車も多く、活気がある。店舗以外は田んぼが広がっているので、お客さんはどこからやって来るのか、不思議でもある。

大洲ICが見えてきた。別格の「十夜ヶ橋」はもうすぐである。前方にお遍路さんの姿が見えた。先程の香川の方である。すぐに追い付いて、同時に[8]十夜ヶ橋に到着した。
自分が観光している間にも、黙々と歩いていたのだろう。後ろから追い付いてきたことが意外だったようで、内子に向かっていると思っていた、と言われ、大洲市内で観光していたことを話した。  


Posted by こいったん at 21:45Comments(2)お遍路 第二拝(愛媛)

2013年04月16日

【235】歩き遍路28日目〈その5〉[2012年4月18日]

国道沿いに歩道はあるが、右にあったり左にあったりと、その度に交通量の多い道路を横断しなければならず、危険である。
一巡目の時の経験から、今回は左側をずっと歩き続けた。

麓に下りてからは、右の道へと入っていく。交通量の少ない川沿いの道となるが、単調で退屈な区間がしばらく続く。

大きな川が見えてくるが、肱川となっている。今朝、卯之町から肱川に沿って歩いてきたが、同じ川なのだろうか。
川沿いの道が終わると、古い店が並ぶ地域となる。一昔前には賑わっていたに違いない雰囲気がある。

道なりに歩いていくと左に曲がって行くが、へんろ地図通りに真っ直ぐ進むと、おはなはん通りがある一角となる。
NHKの朝のドラマ「おはなはん」のロケ地との事だが、このドラマが放映されていたのは、まだ生まれる前のことである。

大洲市は伊予の小京都と呼ばれているそうで、歴史ある建物が並んでいる。気が付くといつの間にやら、観光をしていた。

明治の家並みやおはなはん通り、昭和レトロのポコペン市場など、一通り観光地となっている場所を歩き、「大洲まちの駅」で一休みとした。ここは、観光客が集まるスポットとなっているようだ。  


Posted by こいったん at 20:32Comments(0)お遍路 第二拝(愛媛)

2013年04月14日

【234】歩き遍路28日目〈その4〉[2012年4月18日]

林道から案内に従って左方へ降りていくと、番外霊場の札掛大師堂がある。無人のようで、荒廃していた。

高速道路の料金所らしき建物が見える。以前はこんな風景だったろうか。
この辺り、一巡目の時に道に迷って地元の方に道を聞いたのだが、一体どこで迷ったのかも分からなくなってしまった。

国道56号線に合流すると、ラーメン屋や喫茶店が並ぶエリアが登場する。その一角に「レストランセキショ」という店があった。

ここでたこ焼き(300円)を購入し、ベンチで食べることにした。親切な店員さんが、お冷まで用意してくれた。

出来上がるのを待っていると、先程から何度か見掛けているお遍路さんがやって来た。ずっと遠くから見ていたので分からなかったが、60歳位のおじさんであった。

こちらにやって来て、この先に休憩所がありますよね、と確認していった。トイレ付のきれいな休憩所があったはずである。

たこ焼きを食べて、出発する。前方に先程のお遍路さんが歩いているが、かなり脚を痛めており、ゆっくりペースで歩いている。すぐに追い付いて、少し同行させてもらった。
別格の海岸寺の近くにお住まいとの事だから、香川県の多度津町の方だろうか。お先に、と出発するが、後ほどもう一度出会うことになる。  


Posted by こいったん at 22:06Comments(0)お遍路 第二拝(愛媛)

2013年04月12日

【233】歩き遍路28日目〈その3〉[2012年4月18日]

国道から一旦下方に降りて、山裾の家々をつなぐ道を歩き、鳥坂番所跡の辺りで山道に備えて、再び休憩とした。
先程、サンクスの辺りで見かけたお遍路さんが来ないかなーと思ったが、姿は見えなかった。峠に向けて出発とする。

山道を登った所で、何ヶ所か視界が開ける場所がある。今日歩いてきた田園地帯がきれいに見渡せる。
峠への道はわりと道幅があり、大昔には車道として使われていたのかも知れない。

12時半、鳥坂峠に到着である。標高は470mだが、麓の標高も300mと高いことから、それ程のきつさはない。峠は視界が開けず、鬱蒼とした場所であり、一休みする場所も無かったので、すぐに下りの道へ進む。

林の中に古びた拝殿のような建物があり、近付いて観察する。このような山奥では、整備する人もいないのだろう。

歩きの道から車道となる。はるか下方に、トンネルの出口付近が見える。歩いているお遍路さんの姿が見えた。先程、サンクス付近で見掛けた方のようだ。
ここからは国道に下りる道もあったが、そのまま道なりに進む。

しばらくは、遍路道っぽくない、林道となる。所々にへんろ札がぶら下がっている。記名があり、一巡目の時に宿泊した、大洲の「ときわ旅館」の方が付けてくれたようである。
「ときわ旅館」に宿泊した際、この林道に道しるべが無くて、道が合っているのか不安な思いをした、と若いご主人に話をしたのだが、もしかして、その後、設置してくれたのだろうか。
林道沿いでは、椎茸の栽培か、地元の方が団体で作業をしていた。あいさつをして通り過ぎた。  


Posted by こいったん at 21:55Comments(2)お遍路 第二拝(愛媛)

2013年04月10日

【232】歩き遍路28日目〈その2〉[2012年4月18日]

川沿いののどかな道を歩き続ける。
遠くに、へんろ地図にも掲載されているサンクスが見える。その辺りを、一人のお遍路さんが歩いている姿が見えた。

今日出会ったお遍路さんは、この方だけだったかも知れない。この先も、すっかり歩き遍路の方に会うことが少なくなり、一日遅れただけで、随分と様相が変わってしまった。

サテライト西予の辺りで川沿いの道は終了、ここからは遍路道を歩くが、単調な道が続く。へんろ地図にある「食・喫茶 信里村」で食事を考えていたのだが、中は空っぽだった。

道路を挟んで向かいには「酒六冷蔵㈱」という会社がある。お遍路さん休憩所、の看板が掛けられており、事務所でお遍路さんが休憩出来るようにしてくれている。

ここは、2008年9月のとても暑い日に涼ませてもらった、懐かしい場所である。今回もトイレをお借りするため、立ち寄ることにした。

従業員さんは、お遍路さんに親切にするように教育されているのか、働いている人たちは、こちらの姿を見つけると、丁寧に案内してくれる。
仕事中の事務所なので、長居はしにくいが、お茶やお菓子を頂いて一休みさせてもらった。

「酒六冷蔵㈱」を出ると、鳥坂峠への分岐点は近い。
分岐点に、真新しい標識が立っているのだが、トンネルを経由した場合と、峠の道を進んだ場合の距離と時間が書かれている。両者に随分と差があり、これでは峠を歩く人がかなり少なくなってしまいそうである。  


Posted by こいったん at 21:05Comments(2)お遍路 第二拝(愛媛)

2013年04月08日

【231】歩き遍路28日目〈その1〉[2012年4月18日]

9時22分に「西予市役所前」バス停に到着した。一日と数時間の中断を挟んで、再び歩き出すことになった。

ここから新たな遍路旅が始まった。数日前までずっと一緒だった、川崎のOさんや愛媛のSさんと再会出来るだろうか。順調なら、今日は大洲宿泊で今頃内子町辺りを歩いているだろう。丸一日の遅れである。

結果的には、懐かしい顔にはお目にかかれず、新たな遍路旅となるのである。

国道をそのまま進み、道沿いにあった宇和島信用金庫卯之町支店でお金を下した。異郷の町でお金を下ろすのも新鮮な体験である。

遍路道を外れて、適当な所で左折する。遍路道は一度通ったことがあるというのもあるが、一旦帰りかけた時にバスの中で出会った、明石寺の元庭師の方が、田んぼの中に国道と並行している道があるから、気分転換に歩いてみるのも良いのでは、と話していたからである。

しかし、左折するのが早すぎたのか、適当な道がなく、右へ行ったり左へ行ったりした。畑作業の方に道を聞いてみるが、良く分からなかった。

歩き続けると、肱川という川が流れており、川に沿って道が続いている。ここを進んでみることにした。
鉄橋があり道は途切れてしまったが、その下をくぐると、引き続き歩くことが出来た。

車も通らないから、のんびりと歩けるのはうれしい。車道を横断する所で、地元のおじさんに話しかけられる。四国の道を通ってきたのか、と言うので、適当に歩いてきた旨お話しする。
この辺りには四国の道があるらしいが、標識に不備があるので、間違えて歩いているのではないかと思い、声を掛けてくれたようである。

この川沿いの道は、かなり長く続いた。のんびりと歩くことが出来て、思い出に残る寄り道となった。  


Posted by こいったん at 21:45Comments(0)お遍路 第二拝(愛媛)

2013年04月07日

お花見へ~神通川さくら堤(富山・八尾)~

一年前の昨日(4月6日)は、今書いている遍路旅を、高知県土佐市から始めた日でした。
あれから一年経ったとは‥‥ちょうど桜が満開でした。

今年は全国的に桜の開花が早いようで、昨日はお隣の富山県へ、桜見物に行ってきました。
おわら風の盆で有名な、旧八尾町にある、「神通川さくら堤」です。

彼此20年前くらいでしょうか、偶然この場所を通り掛かり、桜並木が続いていたのですが、人の姿が無くて印象に残っていました。今回、車を走らせて、懐かしいこの場所を再発見しました。
以前は風情のある砂利道だったような気もするのですが、全面舗装になっていました。
この日は土曜日でしたが、天候が今一つということもあったのでしょうが、たまに車が通りかかる程度でした。

神通川の輪中のようになっている中州に沿って、ぐるりと一周出来るようになっており、延々と桜並木が続いていました。
4.7㎞ということで、1時間ちょっと歩いてきました。これだけ歩いて、出会った人は、歩きが二組と車20台弱くらいだけ、と桜並木をほぼ独り占めしてきました。

ついこの間まで枯れ枯れとした景色が広がっていたのですが、一気に色々な花が咲き出して、春の訪れを感じました。

次回からは、一日中断後の、遍路旅第二弾となります。  


Posted by こいったん at 22:07Comments(0)その他

2013年04月06日

【230】歩き遍路27日目〈番外編〉[2012年4月17日]

朝食は、愛知のOさんと相談して、ゆっくりにしてもらった。
朝8時過ぎに宿を出発する。親切な女将さんが、お接待のおにぎりを持たせてくれた。

卯之町一帯をぶらぶらと街並み散歩、それからバスを乗り継いで帰宅の途についた。
(1)霊山寺に車を置かせてもらっているので、徳島まで戻る。これから松山、高松と高速バスを乗り継いで、鳴門西で下車予定である。

卯之町にある「西予市役所前」から松山行きの急行バスに乗り込む。
近くにいたお客さんが話し掛けてきた。この方、かつて(43)明石寺の庭師をしていたそうである。色々と、寺のことやこの先の遍路道のことなど、親切に教えてくれた。

車窓から、一人のお遍路さんの姿が見え、こちらに向かってお辞儀をしてくれた。愛知のOさんのようである。
結局は、明日から再び歩き始めることになるので、一日の歩く距離が短いOさんと再会出来るかも、と思っていたが、これが最後の出会いとなった。

松山市駅に到着、元庭師の方とお別れし、高松行きの高速バスに乗り換えた。

高松に到着し、今度は徳島行きのバスに乗り込もうとした時に、自宅から連絡があった。予定していた所用が延期になったとの知らせだった。

取り敢えずバスに乗り込み、散々迷う。まだ遍路を続けることが出来る。ただ、愛媛の端っこから徳島まで来てしまったし、気持ちも切れてしまっている。鳴門西で下車し、大麻比古神社などブラブラしながらどうしようか考えた。

これは、お大師様が続けろ、と言っているのかも、と結論が出て、急遽、今朝旅立った卯之町へとUターンした。
この日は松山市内で宿泊、翌日の朝9時22分、再び「西予市役所前」バス停に降り立った。

ここから第2弾の遍路旅が始まった。  
タグ :歩き遍路


Posted by こいったん at 22:33Comments(2)お遍路 第二拝(愛媛)

2013年04月04日

【229】歩き遍路27日目〈10〉[2012年4月16日]

「まつちや旅館」に到着し、まずは入浴する。
自分が案内されたのは一人用の小さなお風呂だった。隣にも風呂があるようで、音が筒抜け、愛知のOさんが入っていた。少し大きな声を出しながら話をした。

夕食となった。今日の宿泊はOさんと二人である。席は別のテーブルとなっていたが、せっかくなので、同じテーブルに向かい合って頂くことにした。

まずは女将さんによる、開明学校など、卯之町の名所案内があった。まるで、高級旅館に泊まったかのようで、楽しかった。

今回の遍路旅は今日で終了、明日は近くの卯之町駅から帰る予定である(結局はあと一週間続けることになるが)。一抹の寂しさがあったのだが、女将さんの楽しい話、そしてOさんはとても話し好きな方で賑やか、寂しさが紛れる。

Oさんは税理士をされているそうである。確か、身体のどこかの臓器を病気で無くしているので無理は出来ないそうで、毎日の距離は短めに設定、期間も短くするように家族の方から言われて従っているそうである。

区切り打ちで今日が初日、宇和島から歩き始めたとの事。「道の駅みま」にも立ち寄ったそうで、自分の後ろを歩いていたようである。歯長峠付近では、外人の方とも前後していた様子。

話が尽きないので、時間を見て、こちらからお開きとさせてもらった。最後の夜がOさんと一緒で良かった。


 まつちや旅館:一泊二食 6500円 
 ※浴衣、お茶あり。洗濯代?  自販機は30mほど先にあり。
   朝食時間は、こちらの要望に出来るだけ副ってくれるようでした。
    宿泊客:歩き遍路2人  


Posted by こいったん at 21:01Comments(0)お遍路 第二拝(愛媛)

2013年04月02日

【228】歩き遍路27日目〈その9〉[2012年4月16日]

石段を上り、再び(43)明石寺の山門に戻り、左の方に向かう。
写真の場所から山道に入る。少し上るが、直に下りの道となる。林の中の道、前方には、先ほどベンチに荷物を置いていた方(愛知のOさん)が歩いている。

道しるべに従って歩いていくが、Oさんが気付かずに遠回りしてしまい、普通に歩いていた自分とばったり合流となった。ここからは、自然と一緒に歩くことになった。

今日の宿を聞くが、どこやったかなー? 自分が「まつちや旅館」と言うと、そこかも知れないと言う。予約の電話をした時の対応を真似すると、そこや、との事。どうやら同宿のようである。

観光地の宿という事で、素っ気なくされるのではないか、と思いつつも「まつちや旅館」に予約の連絡をしたのだが、今までで一番、丁寧な対応をされた。「まあ~、ご予約ありがとうございますぅ」、言葉でどう表現していいのか分からないが、とにかくおもしろくて丁寧だった。

遍路道は卯之町の古い町並みの通りとなる。江戸から明治にかけて宿場町として栄えた街だそうである。

宿の前まで来る。Oさんには先に宿へと入ってもらい、夜食を買う店を探して、もう少し進んでみる。卯之町駅のキオスクで買い物をし、「まつちや旅館」に到着となった。


本日のコースタイム
宇和島オリエンタルホテル7:03→7:13[6]龍光院7:35→9:39道の駅みま10:23→10:40(41)龍光寺11:13→11:53(42)佛木寺12:41→13:44歯長峠→16:08(43)明石寺16:47→17:20まつちや旅館
 

歩行距離:23.9km
 歩数  :43122歩
最高気温:21.5℃
最低気温:11.6℃[宇和島市]  


Posted by こいったん at 20:30Comments(0)お遍路 第二拝(愛媛)