2015年01月28日

【450】歩き遍路49日目〈その5〉[2014年2月9日]

この、休憩している広場のようになっている場所でようやく、かなり古くなってはいるが、[20]大滝寺の文字が書かれた看板を発見した。

ここまで歩いて来てやっと、道路標識としての大滝寺の文字を発見したことになるのだろうか。
個人が提げた遍路札もあった。

軽く腹ごしらえをした所で出発する。一休みした合流地点は峠ではなく、さらに上のほうに向かっていく。
周辺の案内らしき看板が何枚かある広い場所があったが、雪に埋もれており近付けず、確認せずに通過する。

「徳島県美馬市」の県境表示板が見えてきた。ここが峠だろう。大滝寺を示す大きな看板がある。
積雪は30cmほどだろうか。西照神社という神社があるようで、ここから入っていく道があった。

樹木にぶら下がっていた二枚の遍路札の赤い文字が、白銀の世界の中で目立っていた。この道が、へんろ地図には載っていないが、県境に沿った尾根を進み、昨日通った長谷に至る道だろう。阿讃縦走道と書かれている。

峠を越えて、大滝寺方面に進む。
右手に、先程入り口があった、西照神社の鳥居があるなあと横目で見ていたら、期せずして、[20]大滝寺の前に到着していた。

時刻は午前9時46分だったので、宿を出てから3時間20分と、想定以上に時間が掛かっていた。
雪道だったことや、車道をショートカットする道を発見出来なかったからだろう。

ずいぶんと小ぢんまりとした感じのお寺である。山門は無く、車道から本堂が見えており、石段を上ってすぐ境内となっていた。



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この記事へのコメント
こんにちは
そうですね、別格結願寺とも称される大瀧寺、本堂が赤いトタン屋根とは・・・。本堂脇、スーパーカブはまだ駐輪してましたか?
このお寺、昭和45年に火災で焼失するまでは総檜の堂宇だったとか。隣接の西照神社の別当で、当時としては大窪寺と並び称され風格だったのでしょう。(今では西照神社の方が有名かな?)空海がこの地で虚空蔵求門聞持法を修めたとの説もあり、過去の寺格で言えば別格結願寺も納得です。
隣村のお寺さんにお参りした幼少期を思い出し、ある意味、素朴で親しみ易さを感じたものでした。後刻、麓で四方山話をうかがうまでは・・・。
Posted by 越前おろしそば at 2015年01月29日 15:27
こんばんは。以前は立派な堂宇をもつお寺だったのですね。敷地も狭くて、少々風格が、という印象でした。
徳島や高松方面を一望出来る場所でしたので、空海の伝説があってもおかしくないシチュエーションでした。

写真を見返した所、本堂脇にスーパーカブがしっかり写っていました。
次回触れますが、納経所に少々嫌な張り紙がありましたので、その四方山話とも関連があるのかも知れません。
Posted by こいったんこいったん at 2015年01月29日 21:13
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