2020年12月13日
【3巡目-597】 59番国分寺、別格10番興隆寺へ [2019年3月18日]〈その6〉
(59)国分寺からは、お寺を出て普通に車道を進むのが一般的である。
しかし、東海図版の「四国遍路地図」によると、一旦、線路の方に進んで、桜井中学校の辺りで遍路道に戻る道が指定されている。
どんな道なのだろうか、この道を歩いてみることにした。
田んぼの中を進んで行き、曲がる場所にお地蔵さんがあり、「へんろ」の文字があった。やはり歴史のある道なのだろう。
ここからは用水沿いの道となるが、古くからの道という感じはしない。そのまま進むと、道が草で覆われている。
たまたまウォーキングをしていたおじさんが、反対側に渡れば合流出来る、といった事を教えてくれた。
何でも、お遍路さんから教えてもらって、この道が古い道だったと最近知ったそうである。
このような道にも、同じ様に歩いているお遍路さんがいるようであるが、残念ながら、最近では他の歩き遍路と会う機会すら滅多に無い状態である。
田んぼの中を進み、散歩のおじさんと手を振ってお別れをした。
しかし、東海図版の「四国遍路地図」によると、一旦、線路の方に進んで、桜井中学校の辺りで遍路道に戻る道が指定されている。
どんな道なのだろうか、この道を歩いてみることにした。
田んぼの中を進んで行き、曲がる場所にお地蔵さんがあり、「へんろ」の文字があった。やはり歴史のある道なのだろう。
ここからは用水沿いの道となるが、古くからの道という感じはしない。そのまま進むと、道が草で覆われている。
たまたまウォーキングをしていたおじさんが、反対側に渡れば合流出来る、といった事を教えてくれた。
何でも、お遍路さんから教えてもらって、この道が古い道だったと最近知ったそうである。
このような道にも、同じ様に歩いているお遍路さんがいるようであるが、残念ながら、最近では他の歩き遍路と会う機会すら滅多に無い状態である。
田んぼの中を進み、散歩のおじさんと手を振ってお別れをした。