2011年05月25日
歩き遍路 【第一拝】の記録 [2005年3月~2009年8月]
第一拝の記録をまとめてみました。
宿泊数は通し打ちをしたものと仮定して通算しています。「〇泊目」となっているのが、実際に泊まった宿です。38日で結願、40日で四国一周した計算となります。
第1回 区切り打ち‥‥2005年3月11日~20日
前泊‥ビジネスホテルBM(徳島県鳴門市)
1泊目‥安楽寺宿坊 16.3㎞
2泊目‥さくら旅館 23.4㎞
3泊目‥植村旅館 25.8㎞
4泊目‥常盤旅館 22.0㎞
5泊目‥金子や 28.6㎞
6泊目‥龍山荘 13.5㎞
7泊目‥薬王寺参籠所薬師会館 27.4㎞
8泊目‥大安食堂 27.7㎞
9泊目‥ロッジ尾崎 32.5㎞
荒神橋バス停 2.4㎞ 計 219.6km
第2回 区切り打ち‥‥2005年5月14日~20日
前泊‥ホテルアストリア(徳島県徳島市)
10泊目‥金剛頂寺宿坊 23.5㎞
11泊目‥浜吉屋 31.4㎞
12泊目‥民宿喫茶きらく 34.9㎞
13泊目‥民宿千松 31.7㎞
14泊目‥国民宿舎土佐 32.8㎞
15泊目‥民宿あわ 30.0㎞
16 ‥(37)岩本寺 30.5㎞ 計 214.8km
第3回 区切り打ち‥‥2008年5月3日~5日
17泊目‥民宿坂上 20.0㎞
18泊目‥安宿 37.6㎞
19 ‥(38)金剛福寺 23.1㎞ 計 80.7km
第4回 区切り打ち‥‥2008年7月19日~21日
20泊目‥久百々 24.6㎞
21泊目‥岡本旅館 38.8㎞ 計 63.4km
第5回 区切り打ち‥‥2008年9月11日~14日
22泊目‥旭屋 29.5㎞
23泊目‥宇和島オリエンタルホテル 39.9㎞(龍光寺まで)
24泊目‥ときわ旅館 31.1㎞
内子駅 11.8㎞ 計 112.3km
第6回 区切り打ち‥‥2009年3月8日~11日
25泊目‥たちばな旅館 23.4㎞
26泊目‥古岩屋荘 24.6㎞
27泊目‥チェックイン松山 34.6㎞
28 伊予北条駅 28.2㎞ 計 110.8km
第7回 区切り打ち‥‥2009年4月4日~5日
29泊目‥今治アーバンホテル 31.2㎞
30 ‥小松町大頭(横峰寺登り口) 34.4㎞ 計 65.6km
第8回 区切り打ち‥‥2009年5月2日~5日
31泊目‥ビジネス旅館小松 20.2㎞
32泊目‥蔦廻屋 33.0㎞
33泊目‥民宿岡田 30.2㎞
34 ‥高瀬駅 33.0㎞ 計 116.4km
第9回 区切り打ち‥‥2009年6月20日~21日
35泊目‥ホテル・アルファーワン丸亀 25.1㎞
36 ‥鬼無駅 33.6㎞ 計 58.7km
第10回 区切り打ち‥‥2009年8月12日~16日
38泊目‥八十窪 28.9㎞
39泊目‥安楽寺宿坊 27.6㎞
40泊目‥ワカヤマ第2冨士ホテル 13.3㎞
41 ‥高野山(金剛峯寺・奥之院) 計 95.6km
宿泊数は通し打ちをしたものと仮定して通算しています。「〇泊目」となっているのが、実際に泊まった宿です。38日で結願、40日で四国一周した計算となります。
第1回 区切り打ち‥‥2005年3月11日~20日
(1)霊山寺→(23)薬王寺→室戸市荒神橋バス停まで
前泊‥ビジネスホテルBM(徳島県鳴門市)
1泊目‥安楽寺宿坊 16.3㎞
2泊目‥さくら旅館 23.4㎞
3泊目‥植村旅館 25.8㎞
4泊目‥常盤旅館 22.0㎞
5泊目‥金子や 28.6㎞
6泊目‥龍山荘 13.5㎞
7泊目‥薬王寺参籠所薬師会館 27.4㎞
8泊目‥大安食堂 27.7㎞
9泊目‥ロッジ尾崎 32.5㎞
荒神橋バス停 2.4㎞ 計 219.6km
第2回 区切り打ち‥‥2005年5月14日~20日
室戸市荒神橋バス停→(24)最御崎寺→(37)岩本寺まで
前泊‥ホテルアストリア(徳島県徳島市)
10泊目‥金剛頂寺宿坊 23.5㎞
11泊目‥浜吉屋 31.4㎞
12泊目‥民宿喫茶きらく 34.9㎞
13泊目‥民宿千松 31.7㎞
14泊目‥国民宿舎土佐 32.8㎞
15泊目‥民宿あわ 30.0㎞
16 ‥(37)岩本寺 30.5㎞ 計 214.8km
第3回 区切り打ち‥‥2008年5月3日~5日
(37)岩本寺→(38)金剛福寺まで
17泊目‥民宿坂上 20.0㎞
18泊目‥安宿 37.6㎞
19 ‥(38)金剛福寺 23.1㎞ 計 80.7km
第4回 区切り打ち‥‥2008年7月19日~21日
(38)金剛福寺→(39)延光寺→高知県宿毛市まで
20泊目‥久百々 24.6㎞
21泊目‥岡本旅館 38.8㎞ 計 63.4km
第5回 区切り打ち‥‥2008年9月11日~14日
高知県宿毛市→(40)観自在寺→(43)明石寺→愛媛県内子町まで
22泊目‥旭屋 29.5㎞
23泊目‥宇和島オリエンタルホテル 39.9㎞(龍光寺まで)
24泊目‥ときわ旅館 31.1㎞
内子駅 11.8㎞ 計 112.3km
第6回 区切り打ち‥‥2009年3月8日~11日
愛媛県内子町→(44)大寶寺→(53)円明寺→愛媛県松山市北条まで
25泊目‥たちばな旅館 23.4㎞
26泊目‥古岩屋荘 24.6㎞
27泊目‥チェックイン松山 34.6㎞
28 伊予北条駅 28.2㎞ 計 110.8km
第7回 区切り打ち‥‥2009年4月4日~5日
愛媛県松山市北条→(54)延命寺→(59)国分寺→愛媛県西条市小松町大頭まで
29泊目‥今治アーバンホテル 31.2㎞
30 ‥小松町大頭(横峰寺登り口) 34.4㎞ 計 65.6km
第8回 区切り打ち‥‥2009年5月2日~5日
愛媛県西条市小松町大頭→(60)横峰寺→(70)本山寺→香川県三豊市高瀬まで
31泊目‥ビジネス旅館小松 20.2㎞
32泊目‥蔦廻屋 33.0㎞
33泊目‥民宿岡田 30.2㎞
34 ‥高瀬駅 33.0㎞ 計 116.4km
第9回 区切り打ち‥‥2009年6月20日~21日
香川県三豊市高瀬→(71)弥谷寺→(82)根香寺→香川県高松市鬼無まで
35泊目‥ホテル・アルファーワン丸亀 25.1㎞
36 ‥鬼無駅 33.6㎞ 計 58.7km
第10回 区切り打ち‥‥2009年8月12日~16日
香川県高松市鬼無→(83)一宮寺→(88)大窪寺→(1)霊山寺→高野山奥之院まで
37泊目‥岡田屋旅館 25.8㎞38泊目‥八十窪 28.9㎞
39泊目‥安楽寺宿坊 27.6㎞
40泊目‥ワカヤマ第2冨士ホテル 13.3㎞
41 ‥高野山(金剛峯寺・奥之院) 計 95.6km
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2011年05月18日
【31】歩き遍路 4日目〈その4〉[2011年2月14日]
徳島駅からJRで、(1)霊山寺最寄の板東駅に向かう。
激しく降っていた雨は、いつの間にか雪に変わっている。まあ四国だからすぐに融けるだろう、と思っていたのだが、雪は止むことなく激しく降っており、見る見るうちに積もってきた。
これは大変な事になりそうだ。明日からは仕事である。何としても今日中に金沢へ帰らなければならない。
この雪では、高速道路が通行止になるかもしれない。本州への橋だけでも何とか渡らねば。気は焦る。
JR高徳線は単線のため、列車同士の待ち合わせ時間が長く、時間がかかる。
板東駅周辺は徳島市近辺よりは雪が少ない。(1)霊山寺へ速足で向かうが、次第に道路にも雪が積もって来た。
お寺に着き、納経所兼売店の方に車を止めさせて頂いたお礼をし、遍路の余韻に浸る間もなく、逃げるように四国を離れた。
高速道路に乗る。道路はほとんど一面真っ白である。他の車はスタッドレスタイヤを履いているのだろうか?
幸い、この積雪でも通行止になっていない。ラジオの交通情報では、四国中の高速道路の通行止範囲が次第に増えてきている。神山方面へのバスも運行休止となったようだ。あと数時間遅かったら、帰れなくなっていただろう。
神戸淡路鳴門自動車道を無事渡り終えるが、近畿地方も同じように雪となっている。
ここでもひたすら走り続ける。神戸・大阪・京都の混雑しそうな場所も、それ程遅くなることもなく通過出来たのだが、滋賀県の草津辺りから、おそらく除雪車によるものだろう、急にノロノロ運転になってしまった。
結局、夜の8時を回ってから自宅に到着し、今回の遍路旅を終えた。
事故も無く、無事に帰宅出来て良かった。
本日のコースタイム
植村旅館6:52→9:16おやすみなし亭→10:11(13)大日寺
一ノ宮礼所前(バス)11:02→11:35徳島駅12:24→12:44板東駅→12:52(1)霊山寺
(1)霊山寺→鳴門IC→金沢東IC→自宅20:11
歩行距離:11.1km
走行距離 約440km(車)
茨城のOさんより、メールで写真を送って頂いた。その後、順調に歩いていたが、東日本大震災のため、30日目で已む無く帰宅した、との事です。後日、再開を考えているそうです。
また、最終日まで三重のRさん・滋賀のTさんと、足摺岬まで山形のSさんと一緒だったそうです。
激しく降っていた雨は、いつの間にか雪に変わっている。まあ四国だからすぐに融けるだろう、と思っていたのだが、雪は止むことなく激しく降っており、見る見るうちに積もってきた。
これは大変な事になりそうだ。明日からは仕事である。何としても今日中に金沢へ帰らなければならない。
この雪では、高速道路が通行止になるかもしれない。本州への橋だけでも何とか渡らねば。気は焦る。
JR高徳線は単線のため、列車同士の待ち合わせ時間が長く、時間がかかる。
板東駅周辺は徳島市近辺よりは雪が少ない。(1)霊山寺へ速足で向かうが、次第に道路にも雪が積もって来た。
お寺に着き、納経所兼売店の方に車を止めさせて頂いたお礼をし、遍路の余韻に浸る間もなく、逃げるように四国を離れた。
高速道路に乗る。道路はほとんど一面真っ白である。他の車はスタッドレスタイヤを履いているのだろうか?
幸い、この積雪でも通行止になっていない。ラジオの交通情報では、四国中の高速道路の通行止範囲が次第に増えてきている。神山方面へのバスも運行休止となったようだ。あと数時間遅かったら、帰れなくなっていただろう。
神戸淡路鳴門自動車道を無事渡り終えるが、近畿地方も同じように雪となっている。
ここでもひたすら走り続ける。神戸・大阪・京都の混雑しそうな場所も、それ程遅くなることもなく通過出来たのだが、滋賀県の草津辺りから、おそらく除雪車によるものだろう、急にノロノロ運転になってしまった。
結局、夜の8時を回ってから自宅に到着し、今回の遍路旅を終えた。
事故も無く、無事に帰宅出来て良かった。
本日のコースタイム
植村旅館6:52→9:16おやすみなし亭→10:11(13)大日寺
一ノ宮礼所前(バス)11:02→11:35徳島駅12:24→12:44板東駅→12:52(1)霊山寺
(1)霊山寺→鳴門IC→金沢東IC→自宅20:11
歩行距離:11.1km
走行距離 約440km(車)
~その後~
茨城のOさんより、メールで写真を送って頂いた。その後、順調に歩いていたが、東日本大震災のため、30日目で已む無く帰宅した、との事です。後日、再開を考えているそうです。
また、最終日まで三重のRさん・滋賀のTさんと、足摺岬まで山形のSさんと一緒だったそうです。
歩き遍路第二拝 第1回区切り打ち 終了
タグ :歩き遍路
2011年05月15日
【30】歩き遍路 4日目〈その3〉[2011年2月14日]
(13)大日寺に着くと、もう会えないと思っていた福山のAさんが先着していた。7時前に神山の宿を出発したとの事だが、随分と早い。お参りも済んだようで、次のお寺に向けて出発する所だった。
参拝の前に、帰りのバス停の場所と時間の確認をする。少し道なりに進んだ場所に「一ノ宮礼所前」バス停がある。徳島バスと徳島市営バスが走っており、両方合わせて1時間に1~2本走っている。
11時2分発のバスに乗ることにした。
お寺に戻り参拝する。納経所の方が、なかまがたくさんいていいね、と声を掛けて下さった。もう帰らないといけないんです、とお答えする。
雨が降り出してきた。
茨城のOさん・三重のRさん・滋賀のTさんが出発してゆき、一人軒下のベンチでバスの時間まで待つことになった。
これから、バス・JRと乗り継いで、車の置いてある(1)霊山寺へ戻らなければならない。
時間になりバス停に向かう。菅笠をかぶっていれば少々の雨は大丈夫だが、雨脚はドンドン強くなり、菅笠だけでは防ぎきれないくらいだ。少し離れた場所の軒下でバスを待つ。
神山方面から来た、数人の乗客を乗せたバスに乗り込んだ。
バスは一の宮橋に差し掛かる。激しい雨風の中、歩いている二人のお遍路さんがいる。
RさんとTさんだ。慌てて窓を開け、「お~い」と声を掛け手を振る。Rさんが手を挙げて応えてくれた。
途中、乗り降りする人もほとんどなく、11時35分、徳島駅に着いた。
2011年05月12日
【29】歩き遍路 4日目〈その2〉[2011年2月14日]
徳島市に入り、「入田」の郵便局前で茨城のOさんに追い付く。お金を下ろすとの事で、再び先行する。
歩き出してすぐにYショップが有り、休憩するつもりの「おやすみなし亭」でのおやつを調達する。
「おやすみなし亭」はすぐ近くにあり、Oさんが先着していた。Yショップに寄っている間に抜かされたようだ。
結局Oさんとは三日間、後になり先になり、時には同行し、最後まで一緒に歩くことになった。
中にはインスタントコーヒーやみかん、金平糖?など、お接待で置いてあり、ありがたく頂く。
その内、「植村旅館」で同泊していた、三重のRさん・滋賀のTさんも連れ立ってやって来た。ここでRさん、Tさんと納札を交換する。また、ノートが置いてあったので、納札を貼った。
Oさん・Rさん・Tさんにとっては、長い通し打ちでの一休憩だが、自分にとってはこれが今回、最後の休憩となる。このまま皆さんと一緒に歩き続けることが出来たら、楽しいだろうなぁ。
今日はOさんは徳島市内、RさんとTさんは「鱗楼」に泊まるそうだ。
Oさんと一緒に出発する。歩道が無い道だったので、側溝の上にかぶせてあるコンクリートの上を歩いた。Oさんが、杖を突きながら歩いていると、コンクリートのつなぎ目の穴の所に杖が入ってしまう、と言う話をしていた。自分も以前は同じことを何度もしており、杖が折れるんじゃないかと心配させられた。
今回は、今までの経験を元に注意しながら歩いているので、まだ失敗していない。
ほとんどの歩きの方が、穴の中に杖が入ってしまいヒヤッとした経験をされているのではないだろうか。
午前10時10分、宿を出てから3時間20分で、今回打ち止めの寺(13)大日寺に到着した。
2011年05月09日
【28】歩き遍路 4日目〈その1〉[2011年2月14日]
翌日は6時から朝食だった。
食事が終わると、同室の茨城のOさんは早々に出発していかれた。隣室で片付けをしている女将さんと話をしながら出発の準備をする。宿前で女将さんに写真を撮ってもらい、6時50分に歩き始めた。山形のSさんも先に出発したようで、三番手である。
この先、(13)大日寺まで歩いて、今回の遍路旅は終わってしまう。
宿横の橋を渡り、対岸のへんろ道を歩く。へんろ地図では車道をショートカットする道に見えるが、意外と高低差がある道である。
山の上から下方を見渡すと、鮎喰川に架かる一本橋が見える。
小高い山を下り、写真の歩行者専用の一本橋を渡る。
この橋は木で出来ており、普通に歩くとビヨンビヨンとかなり上下に揺れるのがおもしろく、ややスリルがある。揺れが怖い方は、すり足で歩けば大丈夫です。
車道を歩いていると、通学生を乗せた路線バスが走っている。今日は普通の月曜日だ。
普段、仕事をしている身としては、こうやって平日に遊んで(修行して)過ごせることはうれしいことである。
この先(13)大日寺までは前回、トイレが無く困った区間である。
「長瀬」という所で、道路から河原に降りるとトイレがあり、小休止する。
橋を渡り、神山方面からとの合流地点「広野」に差し掛かった。
Oさんが店の軒先で休憩していた。明後日の宿(金子や)を予約していたそうで、宿泊可能だが素泊まりで、との事。お先に、と先に進む。
すぐに、左手の神山東中のグラウンド隅に、新築のトイレが出来ていた。念のためお借りする。
車道に戻り、鮎喰川に沿って歩き続ける。はるか前方にOさんの歩いている姿が見える。トイレに寄っている間に先に進んだようだ。
Oさんは時折、写真を撮っているので、少しずつ差が縮んでいくが、同じペースで歩いているので追い付けそうで追い付けない。
この道は交通量がそれなりにあるが、ほんの一部だけ狭隘区間が残っていた。
そして8時45分、いよいよ徳島市に入った。
食事が終わると、同室の茨城のOさんは早々に出発していかれた。隣室で片付けをしている女将さんと話をしながら出発の準備をする。宿前で女将さんに写真を撮ってもらい、6時50分に歩き始めた。山形のSさんも先に出発したようで、三番手である。
この先、(13)大日寺まで歩いて、今回の遍路旅は終わってしまう。
宿横の橋を渡り、対岸のへんろ道を歩く。へんろ地図では車道をショートカットする道に見えるが、意外と高低差がある道である。
山の上から下方を見渡すと、鮎喰川に架かる一本橋が見える。
小高い山を下り、写真の歩行者専用の一本橋を渡る。
この橋は木で出来ており、普通に歩くとビヨンビヨンとかなり上下に揺れるのがおもしろく、ややスリルがある。揺れが怖い方は、すり足で歩けば大丈夫です。
車道を歩いていると、通学生を乗せた路線バスが走っている。今日は普通の月曜日だ。
普段、仕事をしている身としては、こうやって平日に遊んで(修行して)過ごせることはうれしいことである。
この先(13)大日寺までは前回、トイレが無く困った区間である。
「長瀬」という所で、道路から河原に降りるとトイレがあり、小休止する。
橋を渡り、神山方面からとの合流地点「広野」に差し掛かった。
Oさんが店の軒先で休憩していた。明後日の宿(金子や)を予約していたそうで、宿泊可能だが素泊まりで、との事。お先に、と先に進む。
すぐに、左手の神山東中のグラウンド隅に、新築のトイレが出来ていた。念のためお借りする。
車道に戻り、鮎喰川に沿って歩き続ける。はるか前方にOさんの歩いている姿が見える。トイレに寄っている間に先に進んだようだ。
Oさんは時折、写真を撮っているので、少しずつ差が縮んでいくが、同じペースで歩いているので追い付けそうで追い付けない。
この道は交通量がそれなりにあるが、ほんの一部だけ狭隘区間が残っていた。
そして8時45分、いよいよ徳島市に入った。
2011年05月06日
歩き遍路 帰宅しました。
すでに四国遍路より帰宅しております。
5泊の予定でしたが、残念ながら三日目(21)太龍寺まで歩いた所で、所用のため已む無く中断しました。
これがGW3回目の遍路でしたが、震災の影響でしょうか、歩いている人はとても少なかったです。
前回の記事のアップを終え次第、今回の遍路道中記を書いていきたいと思っています。
←以前は見かけなかった遍路シールが結構ありました。
5泊の予定でしたが、残念ながら三日目(21)太龍寺まで歩いた所で、所用のため已む無く中断しました。
これがGW3回目の遍路でしたが、震災の影響でしょうか、歩いている人はとても少なかったです。
前回の記事のアップを終え次第、今回の遍路道中記を書いていきたいと思っています。
←以前は見かけなかった遍路シールが結構ありました。
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