2016年07月30日
【3巡目-96】 13番大日寺から、地蔵越、あずり越え、19番立江寺まで 〈その15〉[2015年8月17日]
石垣の場所からもさらに、上りの歩きの道が続く。
夏草に覆われており、雨のしずくを含んでいるが、ポンチョをかぶっているので気にせずに、ドンドン進む。
もう、上り道は嫌になっていたのだが、今回の遍路旅、最後の上り、と自分自身に言い聞かせる。
幸い、それ程きつくはない道程だった。
一ヶ所、大木が遍路道を塞いでいた。とても跨げそうにない。仕方なく、倒木の下をアメンボのように這いつくばって通過した。
ポンチョがなかったら、遍路装束はかなり汚れてしまっていたかも知れない。
濡れ鼠になりながら、「あずり越え」の頂上に到着した。
いつの間にか、雨は上がって、晴れ間が見えてきた。
頑張ってきたご褒美のように、眼下には素晴らしい眺めが広がっていた。
以前は果樹園があったのだろうか、錆びたレールが残されていた。
ここからは、車一台分ほどの幅の道となる。廃倉庫なども見られる、人気の無い道を下っていると突然、車のものらしき音が聞こえてきた。まさかこんな場所に、と思った所に、軽トラが一台、坂道を登って来た。
たまたま脇道があったので、そちらに逃げ込むと、そっちそっちと合図している。こちらの道に入りたいようだ。
2016年07月26日
【3巡目-95】 13番大日寺から、地蔵越、あずり越え、19番立江寺まで 〈その14〉[2015年8月17日]
「あずり越え」に差し掛かってからはパラパラと雨が降り出していたが、ここにきて、激しい雨となってしまった。
仕方なく、ポンチョをかぶって再出発する。次第に、山が深くなってきた。
簡易舗装の道が終わると、やや開けた場所に出たのだが、道が分からなくなってしまった。
夏草に埋もれているかも知れない標識を探してみたが、見当たらないので恐らく直進なのだろうが、道ではなく、涸れ川のように見える。
右手には畑があるのだろうか、人の手が入っているような、やや開けた場所で、こちらへ進むのかも知れない。左手は崖となっているが、何とか上って行けそうである。
とりあえず直進することにして、遍路札が見当たらなければ引き返すことにした。
勾配のきつい歩きの道を上って行く。一向に、遍路札などは見付からない。
これは間違えたかなあ、どうしようか、と思っていた頃、前方に石垣が見えてきた。そこに、「遍路三宝会」による遍路札が掛かっていた。
やれやれ、一安心である。
それにしても、このような場所に石垣があるということは、人家もあった、ということだろうか。
遍路札に従って、左の方へと進んで行く。
2016年07月22日
【3巡目-94】 13番大日寺から、地蔵越、あずり越え、19番立江寺まで 〈その13〉[2015年8月17日]
遍路シールに従って道を進み、「あずり越え」を目指す。
集落の中へと入り、直進の指示が分岐に出ていたので真っ直ぐ進むと、通り道沿いの家のお母さんが、その道は行き止まりなので、右へ曲がって「おおぎ学園」の方の道を行って下さい、と声を掛けてくれた。
遍路シールでは直進となっていたのにおかしいなあ、と思いつつ、助言に従うことにした。
あらためて遍路シールを確認すると、右方向へ進むようになっており、完全に見間違っていたことが分かった。
このようなことは初めてではないだろうか、と少しショックだった。
休憩所などは無かったので、人気の無い道端の側溝の蓋の上に荷物を下ろして、一休みした。
四国遍路地図にも掲載されている、「おおぎ学園」の側までやって来た。今は名称が変わったようで、「あおばの杜」となっていた。
仕事を終えたのだろうか、何台かの車が狭い道の向こうからやって来た。
施設を迂回するように道が続いており、働いている職員の姿も見えた。きっと、長期休み明けで仕事もつらいだろう。
ここからは、農道のような道となる。勾配が出てきたのだが、簡易舗装されているので、意外と楽に上がって行くことが出来た。
この辺りから、パラパラと空から雨が降ってきた。今にも泣きだしそうな空模様だったが、いよいよきてしまったようである。何とか持ちこたえてくれないかと祈りつつ、山道へと入って行った。
2016年07月18日
【3巡目-93】 13番大日寺から、地蔵越、あずり越え、19番立江寺まで 〈その12〉[2015年8月17日]
園瀬川の潜水橋を渡ると、遠くに交通量が多い道が見える、田んぼの中の農道となった。本当にこの道でいいのかなあと心配になる。
建物がある場所までやって来ると、フェンスにバツマークの遍路シールが貼ってあった。
バツマークは、過去に見たことがあるような無いような。試しに進んでみると、やはり行けそうに無かったので、引き返してきた。
少し先に大きな石がいくつか置いてある一角があり、その石に遍路シールが貼り付けられていた。ここを左に入るようである。
県道に出て、道路を横断する。
東海図版の地図のルートとは若干異なるが、案内通りに進むことにした。
新しく、大きな道路が完成しており、遍路道を分断していた。迂回する。
高速道路の終点にも見え、一体どこからどこに向かう道路なのか、と疑問に思う。
帰宅後に調べてみると、この道路は、(15)国分寺と(16)観音寺の間にある、だだっ広い道路に繋がる道であることが分かった。徳島市内を環状するようである。
遍路シールに従って、右に左に進路を変え、あずり越えを目指す。
2016年07月14日
【3巡目-92】 13番大日寺から、地蔵越、あずり越え、19番立江寺まで 〈その11〉[2015年8月17日]
車道をだらだらと下ると、村落というよりは、普通の住宅街が見えてきた。徳島市内から見て、眉山の反対側の集落になるのだろうか。
今日は、どんよりとした曇り空で、30℃は無さそうである。歩きやすい日ということになるのだろうが、夏らしくすっきりと晴れてほしいようでもある。
ちょうど自販機があったので、コカ・コーラを買った。程なくして、「名西旅館花」のご主人のお勧め、「八万温泉」があった。
今日一日歩いて遍路は終了、佐古駅付近に止めてある自家用車を受け取ってから、この温泉に入る予定としている。
今回は、「あずり越え」を歩こうと思っている。
へんろ地図にこのルートは掲載されていないので、この辺りからは、東海図版の「四国遍路地図」にお世話になることにする。
園瀬川にぶつかる辺りで堤防に上がってみる。
小さな潜水橋が見えた。ちょっとワクワクする。遍路札などは見当たらなかったが、おそらくこの橋を渡るのだろう。
橋の方に向かってみると、遍路シールが貼ってあった。この分岐辺りだけは案内を見付けられなかったが、その後は要所にシールが貼られていたので、道に迷う事はなかった。
2016年07月10日
【3巡目-91】 13番大日寺から、地蔵越、あずり越え、19番立江寺まで 〈その10〉[2015年8月17日]
「地蔵越」と言えば、獅子脅しの音、カーンコーンと鳴っている、という記事をよく目にしていたが、もう壊れてしまったのだろうか、見当たらなかった。
写真のように、作業資材の置いてある簡素な休憩場所があったから、定期的に人は入っているようである。
息を切らせながら山道を進む。一旦車道に出るが、再び歩きの道へと入り、何とか頂上へとたどり着いた。
地蔵院からは約20分と、短い時間なのだが、かなりへばってしまった。
頂上には、「へんろ道保存協力会」の道しるべやお地蔵さんがある他、ドラム缶や、なぜか風呂桶まである。
左の方に進むと、眉山の山頂に行けるようだ。写真を撮って、すぐに出発、右下の方へと下っていく。
頂上で一休みしなかったからだろう、下りにも関わらず息が上がってきた。小さな小川の側の道の上で、〇〇こ座りで休憩する。
汗がダラダラと落ちてくる。蚊が襲ってくるので、早々に立ち上がって前へと進んだ。真夏の歩き遍路はつらいなあ。
頂上から15分程で、麓の車道に到着した。
2016年07月06日
【3巡目-90】 13番大日寺から、地蔵越、あずり越え、19番立江寺まで 〈その9〉[2015年8月17日]
コンビニで腹ごしらえをしてから、地蔵院方面へと向かった。
へんろ地図では、「B」の方の道である。薄くなった遍路札が案内してくれる。
1.5車線の狭い道を進むと、地蔵院回転場というバス停があった。そろそろ地蔵院か、と思ったが、一向にお寺らしき建物は見当たらない。
見落として通り過ぎたな、と思った頃に、周囲の住宅は途切れ、大きな池が見えてくる。その池の向こう側に、「地蔵院」があった。
お寺の向かいの池のほとりに、ベンチ付きのトイレがあったので、少し休憩してからお寺へと入らせてもらう。思いのほか、立派なお寺だった。
境内に入り、般若心経は唱えなかったが手を合わせる。「穴不動古墳」と呼ばれる、飛鳥時代の円墳があった。
「地蔵院」を出発する。この辺りの狭い道路沿いには、お墓が続いている。墓参時期には、墓参りの路上駐車で混雑しそうである。
程なくして、地蔵越遍路道への入口があった。ここからは歩きの山道となる。
歩きやすい道が続くが、その内、特に支障はないものの、ガレ場のような荒れた部分もあった。
とにかく、上り道が堪える。焼山寺への遍路ころがし以来、もう上りは懲り懲り、といった心境になっている。標高140m程度なので大したことはないと思っていたが、結構きつい上りである。
2016年07月02日
【3巡目-89】 13番大日寺から、地蔵越、あずり越え、19番立江寺まで 〈その8〉[2015年8月17日]
(17)井戸寺を出てから、田んぼの中の古びた農道も歩き、再び集落の中へと入る。
今回このルートを選んだのは、一巡目の時に、通り掛かりにあったお寺の住職さんが、ここは遍路道では無いんやけどなあ、と言いながら、お接待です、と3000円ものお金を持たせてくれたことが懐かしかったからである。
どこのお寺だったかな、と探しながら歩き、ようやくそれらしきお寺を発見出来た。十年一昔である。
この辺り、遍路シールに従って進むと、赤い点線から少し離れ、予定より手前で鮎喰川沿いの道に出て来てしまう。
歩道も無く交通量も多い道なので、短い距離とはいえ、歩きにくい。堤防に上がったりしてやり過ごす。
大きな上鮎喰橋を渡る。そろそろお昼時である。
ここ数日、無性にラーメンが食べたくなっていた。
地蔵越を歩くつもりなので、ここから山手の方に入らなければならない。この辺りで食事場所を探さねば、とラーメン屋を探して少し国道を街の方へと進んでみたが、見付からなかった。
ここは諦めて、地蔵越への分岐にあるファミリーマートでスパゲッティとコロッケを買う。店の裏のあまり人目に付かない場所に腰を下ろし、昼食とした。