2020年05月05日

【3巡目-531】 44番大宝寺、45番岩屋寺へ [2019年2月17日]〈その11〉

昼の1時19分に(44)大宝寺を出発する。
ここからの山越えも意外ときつかったはずなので、心してかかる。

山門を出て左へ。この辺りは、四国のみちの木柱が要所にあるので、迷うことはないだろう。

車道から、歩きの道へと入る。思った以上にきつい上りである。へんろ地図を見ると、この先の「八丁坂」と距離、勾配はほとんど一緒なようである。

木が伐採されて、眼下の久万高原の街並みが見える箇所があり、ひと心地着く。随分と高い所まで上ってきたものである。

(44)大宝寺から20分程で、遍路石と石積みのお堂があり、この辺りが頂上のようだった。
本日、4つ目の峠を制覇で、あと一つである。ここが一番きつかった印象だ。アルコールのせいだろうか。

小さな石が転がる歩きの山道を下って行くと、眼下に車道と峠御堂トンネルが見えてきた。トンネルのすぐ側で、車道へと出る。

しばらくは急な下り道となるが、路肩が広くなっている場所に、へんろ道保存協力会の立札がある。ここから、歩きの道がつながっている。ひたすら歩いていると、見逃してしまいそうである。  


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2020年05月02日

【3巡目-530】 44番大宝寺へ [2019年2月17日]〈その10〉

40分以上滞在して、「きらら食堂」を出る。なかなか居心地が良い食堂でした。
大事な輪袈裟を忘れてしまっており、店員のおばちゃん出て来て渡してくれた。危ない、危ない。

遍路道へと戻り、久万高原町内を進む。
へんろ石に従って右左折し、久万川を渡ると、大きな門が車道に掛かっている。昔はここまでが、(44)大宝寺の敷地だったのだろうか。

ここからは、一直線に緩やかな上り坂がお寺まで続いている印象である。

寺の門前まで来た所、ちょうど「すごうさん」と言う遍路用品店があったので、立ち寄る。なぜか、線香・ローソク・納札が同時に切れかかっていた所である。先程まで不在にしていたそうで、タイミングがよかった様子。お接待で、ペットボトルのお茶を頂きました。

(44)大宝寺には、昼の0時53分に到着した。

ずっと、宿への到着時間を逆算しながら歩いているのだが、このペースではかなり遅くなりそうである。きらら食堂で大休憩した以外は、ほとんど休んでいないのだが。

今日の宿は、「癒しの宿八丁坂」である。もう少し手前の宿にすべきだったか。

大宝寺では、若い車遍路さんだろうか、ゆっくりとお参りをしていた。
納経の時、団体さんがやって来てしまったが、先に書いてもらえたので助かりました。  


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2020年04月29日

【3巡目-529】 久万高原町にて [2019年2月17日]〈その9〉

久万の街に下りてきて、食事場所を探す。時刻は、正午ちょっと前。

以前泊ったことがある「ガーデンタイム」は、確かレストランを経営していたかと思う。昼もやっているかも、と思い、向かってみることにした。

しかしながら、国道を右折するとすぐに「きらら食堂」というお店があり、日替わりランチ、と真新しい幟が立っており、車も止まっている。思い切ってここに入ってみることにした。

おばちゃんたちが経営しているようで、お客さんは、中年夫婦におじさん二人組、消防署員が8人と、賑わっていた。

遍路姿で店に入る時は怪訝そうに対応されるのでは、といつも心配になるが、そんな事は無く、快く対応してくれた。

早速、ビールを注文する。実は最近、遍路に出ると、昼間から酒を飲んだ状態で歩くことがあるという、生臭遍路とは自分の事です。

歩いているとすぐに酔いも醒めますが、遍路装束は返上した方が良いのか、と考えたりもします。

しょうが焼き定食をお願いする。とても美味しかったです。お客さんも次々とやって来て、繁盛している様子でした。
食後のコーヒーをお願いすると、お接待してくれました。  


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2020年04月26日

【3巡目-528】 鴇田峠③、久万高原町へ [2019年2月17日]〈その8〉

だんじり岩から5分程で、あっさり「鴇(ひわ)田峠」に到着した。
ちなみに、鴇田の鴇の字は、「とき」で変換すると出てきます。

久万の街でゆっくり休憩しようと、すぐに下山する。

時折見掛けるお地蔵さんや丁石に手を合わせながら、先へと進む。これまでに無かった行動である。

今回の遍路旅では、とても信心深く歩いた、と言いますか、このことも思い出に残っています。
平地だったら人の目もあるのでちょっと恥ずかしくて出来ませんでしたが。

歩きの道から林道を少し下ると、東屋と古いトイレがあり、利用させてもらった。

遍路札があり、再び歩きの道へと入る。ドンドン下って行くと、舗装道路に合流、民家がポツポツとある。眼下には久万高原の街が見えるようになってきた。
作業をしていたおじさんと挨拶を交わす。

再度ショートカットする道だろうか、車一台分程の幅はある小道へと入る。次第に集落の中へと入り、国道33号線に到達した。

さてこれから、食事をする場所探しである。どこか食堂にでも入りたかったのだが、へんろ地図には通り道沿いには無いようで、どうしようかと前日から悩んでいた所である。  


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2020年04月23日

【3巡目-527】 鴇田峠② [2019年2月17日]〈その7〉

狭い車道を少しずつ上って行くと、私設の小さな休憩所があった。せっかくなので、軽く腰を下ろさせてもらう。
遍路ノートにさっと記入し、道路向かいに鎮座するお地蔵さんに手を合わせて早々に出発した。

人気の無い道を進んでいくと、別荘らしき建物が見えてきて、たくさん車が止まっていた。

ここから、歩きの土道へと入る。
飼われているヤギの姿もあるが、遍路慣れしているのか、通り掛かっても無反応だった。少しずつ標高を稼ぎながら山道を進み、森の中へと入って行く。

お堂があり、遍路札などがたくさんぶら下がっている柵が見えてきた。これは何か記憶にある。

そして「だんじり岩」、の案内板があった。確か、どこに岩があるのか分からないまま通過した覚えがある。
よく見ると、道端に沿って岩が続いている。土を被っていたり草が生えてきたりしていて気が付かなかった。これがだんじり岩なのだろう。

お堂には、昭和初期に置かれた石碑があり、ヒフ病が治ったことによるお礼のものであった。こうやってお礼参りが出来るというのは、良かったなあと思う。幽玄な雰囲気が漂っている場所だった。  


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2020年04月20日

【3巡目-526】 下坂場峠、鴇田峠① [2019年2月17日]〈その6〉

山道から車道に出た所が下坂場峠で、ここからは立派な舗装路を下って行く。
積雪は全く無かったが、除雪を行っています、と立派な看板が出ていた。やはり雪の多い地域のようである。

下界まで降りて来る。
遍路石のある、民家の裏側を通る、短くてお馴染みの遍路道へと入り、宮成の集落内を歩く。久し振りに民家の連なる通りを歩く印象である。

確かどこかで右に入って鴇田峠へ向かうはずだったなあ、などと思っていたら、そのまま道なりに進めば、峠への道となっていた。

10年ぶりの鴇田峠である。覚えているのは、別荘が見られたことと、峠に東屋があったかなあ、という程度である。

町外れに自販機があり、峠越えの前に少し休憩していこうかとも思ったが、久万の町で昼食を摂りながら乾杯しよう、と頑張ることにした。

四国のみちの木柱があり、(44)大宝寺まで6.0kmとなっているが、同じ場所に愛媛県によるシールが貼ってあり、9.2kmとなっていた。どういうことだろうか。
時間に追われながら歩いていたので焦ってしまった。6kmが正解である。

今日は、宿に着くのがあまりにも遅くなってはいけない、と時間を気にしながらの歩きでした。  


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2020年04月17日

【3巡目-525】 畑峠遍路道③、下坂場峠 [2019年2月17日]〈その5〉

畑峠の歩きの道は15分程で、後は林道を繋いだような印象だった。

オフロードバイクの攻める道にもなっているのか、写真のような手作り看板もあった。
全く通る車も人の姿も無い道を、黙々と下って行く。お墓が数基あったくらいだろうか。

ようやく民家が見えてくるとすぐに、三嶋神社があった。鴇田峠経由の通常の遍路道と合流である。

自販機もある小さな商店と、少ないながらも民家が並んでいる。たまたま家から出て来た方とすれ違い、挨拶を交わす。

のどかな里山の道となる。
ウメの花は、至る所で見られていたのだが、黄色いロウバイの花をようやく見つけることが出来た。

車道のどん詰まりまで来ると、いよいよ歩きの山道となった。遍路石は鴇田峠遍路道となっているが、下坂場峠への入口である。

森の中を進み、一旦下って沢を渡る。ここまでは覚えているが、林道へ出て少し進み、再び山道へと入る。これまで二度歩いているはずなのだが、こんな道だったかなあ、と全く記憶に無い。人間の記憶など、この程度なのだろうか。

災害か何かで道が付け替えられたのか、などとも思ったが、出口となる下坂場峠ははっきりと覚えていた(写真に残してあった)ので、確かにこの道である。
下坂場峠は短いので、それ程キツイという事はなかった。本日二つ目の峠、クリアである。  


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2020年04月14日

【3巡目-524】 畑峠遍路道② [2019年2月17日]〈その4〉

畑峠への分岐から林の中を進むと、再び道路に出て来た。
へんろ道保存協力会による、黒い文字だけの珍しい看板が残っていた。どこか他でも一度見たことがあるような。

右の車道を行けば、新真弓トンネル経由農祖峠への道に合流出来る様子。

直進すれば、旧真弓トンネル経由で、との事。このトンネルはもう通れなくなっていると聞いている。土道だが、人が歩いた形跡も無さそうで、ちょっと探検してみたくなる。
ひわた峠経由の北コースは左へ、となっている。畑峠の復元は平成18年となっているが、この看板はもっと昔からあるような風情である。別ルートがあったのだろうか。

畑峠への二つ目の分岐には、平成遍路石も建てられている。
いきなり、細いスギの木が道を塞いでいたが、それからは特に問題もなく、15分程で林道に到達した。

自分は転ばない男で、悪路を歩いていて転びそうになっても何とか持ちこたえられる。
今回は前方にに転んだ訳では無いのだが、最後の林道への急坂で、雨露で落ち葉が湿っており、しりもちをついてしまった。

きっと、睡眠不足続きで、ぼんやりとしていたからだと思う。この後ももう一回、別の場所で滑って、尻ではなくリュックもちをついてしまった。

  


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2020年04月11日

【3巡目-523】 畑峠遍路道① [2019年2月17日]〈その3〉

峠の手前まで来ると、大平集会所があった。集会所はあるものの、周りを見渡す限り、1軒しか人家は見当たらなかった。

三島神社を過ぎ、午前8時ちょうどに、山越えのショートカットに入る地点までやって来た。

これまで少しずつ標高を稼いできていたので、この先急な上りはもう無いだろう、と甘い考えでいた身には、きつい上りとなった。
息が上がってしまうと、弱気になって引き返してもう帰ろうか、と思ってしまうことが間々ある。

短いながらも、歩きの山道へと入る。驚いたことに、民家がポツポツとある。住んでいるのかどうなのかは分からないが、恐らく車の入れない場所である。

車道に合流してしばらく進むと、畑峠への分岐があった。

へんろ道保存協力会の立札があり、「当地方山間部降雪・積雪のときは、畑峠(はたのとう)は積雪が特に多く、通行困難・不能となること有り、迂回路へどうぞ。」と注意書きがあった。
色が薄れることは無く、しっかりと字が読めた。

この立札は他の方の記事で見たことがあり、それもあって雪が多い時期には歩けなくなるのか、と心配していた所である。
今回は暖冬の影響だろうか、その心配は無さそうである。  


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2020年04月08日

【3巡目-522】 旧小田町から、畑峠、鴇田峠、44番大宝寺、45番岩屋寺へ [2019年2月17日]〈その2〉


道の駅「小田の郷せせらぎ」まで、宿のご主人に送ってもらった。
道の駅に来ていた方と挨拶を交わし、辺りはまだ薄暗い中、午前6時43分に今日の歩きを開始した。

寒さが厳しい。きっと気温は氷点下だろう。

本日も、小田町内では国道を一直線に進むのではなく、少し遠回りにはなるが旧道を選ぶ。

以前はへんろ地図に掲載されていた「高橋旅館」、旧小田町役場、そしてこの辺りでは一番お遍路さんが泊まっていそうな「ふじや旅館」の前を通る。通りには、昔ながらの商店が連なっていた。


町外れまで来た所で、国道380号線に入る。

立派な道と狭い道が交互になっており、ぽつぽつと集落があり、車もたまに通る、といった感じで、それ程退屈はしない道中だった。

へんろ地図に載っている、「道徳」バス停を確認したかったのだが、見逃してしまったようである。

凄かったのは、小田町の市街地から新真弓トンネルの手前、大平集落までの5km程の間、ずっと緩やかな上りが続いていたことである。
記憶にある限り、平坦な部分や急な上りは一切無かったはずである。

大平集落からボールを転がしたら、小田市街まで転がり続けるのではないか、と思うほどだった。  
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2020年04月05日

【3巡目-521】 「山宿お食事処むらや」③ [2019年2月17日]〈その1〉

前々日は、移動での夜行バス・特急列車の中で30分ずつ程しか寝ていなかった。

そのため、昨夜は食事後、早々に眠くなり、午後8時前には寝てしまった。しかしながら9時半には目が覚めて眠れなくなり、夜中の2時頃から5時頃まで少し寝たようだが、結局睡眠時間は4時間半だった。

前日と合わせるとほとんど寝てないのだが、大丈夫だろうか。
本日は、畑峠・下坂場峠・鴇田峠・(44)大宝寺からの山道・八丁坂、と5つの山越えを控えている。
宿も予約しているので、もう行くしかない。

朝食は、午前6時に準備してくれた。

朝食もしっかりとしたものを提供してくれた。栄養のバランスも取れているような内容で、日頃の栄養不足を補うにも十分な食事でした。

確認はしていなかったのだが、道の駅まで送迎してくれるのかなあ、と少々心配になっていた。あの距離を歩くのは、時間の大幅なロスとなる。

朝食後会計をすると、車で送りますので、出発の準備が出来たら声を掛けて下さい、と言われ、安心する。
午前6時半を少し回ってから、記念撮影をして宿を後にした。  


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2020年04月02日

【3巡目-520】 「山宿お食事処むらや」② [2019年2月16日]〈その13〉

夕食は午後6時からだった。
食事は、こたつのある1階の大きな部屋で頂くことになる。早速、ビールをお願いする。

宿代は少々高かったものの、お食事処、というだけあって、しっかりとした料理でした。

特に、クジラの刺身というものが出てきて、これがとても美味しかったです。どこで仕入れてくるのだろうか。

その内に、もう一人の宿泊客の方がやって来た。
お遍路さんではなく、スキーをしに来たという、高知県南国市の(29)国分寺の近くに住んでいるという、62才の方でした。

62と言っても、10才くらいは若く見える。大人しそうな方だったが、56才からスノーボードを始めた、毎週のようにスキーに出掛けている、先日は福井県へ、来週は長野県へ、とエネルギッシュに活動されているそうである。

スキー場は標高1200m程の場所にあるそうだが、今年は雪が少なく、薄っすらとしか積もっていなかったらしく、人工降雪機が稼働している、との事。

この様子では、明日の畑峠や鴇田峠が雪で埋まっていることはまずないだろう、安心した。

一般の方との夕餉でしたが、なかなか楽しかったです。
ご飯はお替りし、おかずもしっかり完食させて頂きました。


山宿お食事処むらや:一泊二食 9180円
      ※洗濯はしていないので値段等は不明。浴衣・お茶あり、自販機なし。
        朝食は午前6時から。
       宿泊客:歩き遍路1人、一般客1人
  


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2020年03月30日

【3巡目-519】 「山宿お食事処むらや」① [2019年2月16日]〈その12〉

道の駅「小田の郷せせらぎ」にて一服しながら、迎えの車を待つ。
程なくして、電話での対応の通り、元気で気さくな感じのご主人が迎えに来てくれた。

道の駅から遍路道を外れて随分と遠い場所に宿はあった。外見は、普通の大きな民家である。

ベットが二つある洋室に案内され、早速お風呂に入る。
お風呂、トイレ、洗面所と、とても清潔にされており、細やかな配慮もされていた。奥様によるものだろうか、とも思ったが、今回はご主人の姿しか見ていないので、一人で営業しているのかどうなのだろうか。



本日のコースタイム
内子駅10:50→11:14かば忠11:44→12:23水戸森峠→13:58大瀬→16:33道の駅「小田の郷せせらぎ」→icon17→山宿お食事処むらや


歩行距離:19.6km
 歩数  :29927歩
最高気温:10.4℃
最低気温:2.8℃[大洲市]
  


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2020年03月27日

【3巡目-518】 旧小田町へ [2019年2月16日]〈その11〉

旧小田町に向かっては、新しい国道を進めばかなり距離を短縮出来そうではあるが、旧道らしき道を選んで進む。

市街地に近付いてくると、へんろ地図にも掲載されている、「大福旅館」があった。

奥の古い建物が旅館となっており、手前のコンクリートの建物の2階が料亭大福、1階が小福、と看板が出ていた。
ちょうど、割烹着を着た二人の姿が見えた。料亭、というからには、食事はきっと美味しいのだろう。

道に沿って住宅や商店は続いてはいるものの、人の姿があまりなく、地域の方と挨拶を交わすこともなく、黙々と歩く。

一旦、国道を横断すると、小田高校があった。きっと生徒が減って大変だろうなあ、と思う。
小中学校の前を通り、再び国道が近付いてくると、道の駅らしき場所が見えてきた。

今日の宿は、「山宿お食事処むらや」さんにお願いしている。

へんろ地図に掲載されている場所は違っているのか、道の駅から歩いて40分程掛かる場所にあるそうで、駅に着いたら迎えに行くので電話を下さい、との事であった。

小ぢんまりとした道の駅、「小田の郷せせらぎ」に到着したのは午後4時33分、内子駅を出てから約5時間半でした。  


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2020年03月24日

【3巡目-517】 突合、旧小田町へ [2019年2月16日]〈その10〉

突合集落で道はT字路となり、右が旧小田町から農祖峠、左が鴇田峠となる。

突き当たりの民家に、へんろ道保存協力会のものらしき札が貼られており、まだ何とか見える状態である。
44番大宝寺までは農祖峠経由の方が7kmも長いことになっている。へんろ地図では、2㎞しか差が無いのだが。

槙の谷経由で先に45番を打つ場合は農祖峠だが、7年前の二巡目の時、槙の谷方面へは通行可能だったのに通行止の看板があった。今も設置されたままなのだろうか。

今回は農祖峠の手前で畑峠に入る予定、右の旧小田町方面へと進む。こちらを歩くのは初めてである。

小田方面に向かっても、立派な国道に対して旧道が続いている。旧道を丹念に辿ることにした。

小田スキー場の古い看板もあり、積雪がある地域のようだが、山のてっぺんの方でも雪は確認出来ない。

今回の冬の歩き遍路に対して、雪で遍路道が埋まっているのでは、と心配していたが、この様子ではきっと大丈夫だろう。  


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2020年03月21日

【3巡目-516】 旧小田町へ [2019年2月16日]〈その9〉

「民宿来楽苦」を過ぎると、しばらくは退屈な国道歩きとなる。

十数分進むと、休憩所となっている梅津バス停がある。進行方向に向かって真正面に建っているので、結構印象に残る一服処ではないだろうか。せっかくなので、軽く腰を下ろさせてもらう。

埃をかぶっているバス停が多いが、ここは定期的に管理はされているようで、額に入った納経軸や写真なども掛けられており、室内には納札がずらりと並んでいた。
休憩のお礼か、もしかしてここで野宿するお遍路さんがいるのだろうか。

ある程度まとまった民家が見られるようになってくる。
農祖峠と鴇田峠の分岐となる、突合の集落に入ってきた。

バイパスが出来ており、どちらの峠に向かうにも新道が近道となりそうだが、味のある旧道を忠実に辿る。
家先に絵手紙をずらりと並べた民家があり、しばし拝見させてもらう。

7年前の二巡目の時、この辺りで車椅子に乗った青年と出会い、なぜ近道の新道を使わないのか、と話掛けられたことを思い出す。
あの時の青年に会えないかなあ、と思いしばらくウロウロとしてみたが、叶わなかった。  


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2020年03月18日

【3巡目-515】 旧小田町へ [2019年2月16日]〈その8〉

「いかだや」を通り過ぎ、1.5車線ののどかな道を進む。
道は狭いが、車も滅多に通らないから、のんびりと歩くことが出来る。

コンクリートの擁壁から伸びたホースからちょろちょろと水が流れており、水が当たる部分には藻がびっしりと付いている。まだ新しい柄杓が備え付けられており、楽水大師と書かれていた。

この水が「楽水大師堂」の水と言うことだろうか。
どういった謂れのある水かは分からなかったが、飲むのには少々抵抗はあったものの、せっかくなので一口、口に含ませてもらった。

その10m程先が楽水大師堂らしきお堂があるが、名称を書いた看板等が無く、石碑のようなものも見当たらない。
確か以前は、へんろ道保存協力会の札に書かれていたはずだが、薄くなって読めなくなっていた。

5分程歩くと、「民宿来楽苦」の渋い建物が見えてきた。
オーナーは豆腐屋さん、と聞いているが、これ程人口が少なそうな地域で営業していけるのだったら、よっぽど美味しいのだろう。
宿泊して夕食をご馳走になりたいものだが、大食いの身には物足りないだろうか。
  


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2020年03月15日

【3巡目-514】 大瀬、旧小田町へ [2019年2月16日]〈その7〉

大瀬の橋の袂の東屋で一休みする。側の自販機で缶コーヒーを買う。
なぜかいつもみたいに大休憩する気になれず、早々に出発する。

今回の遍路旅では、いつもみたいに30分近く休憩したりするようなことは無かった。

歴史ある建物が残る集落内の道を進み、トイレを目指す。公民館のような建物に公衆の物があるはずである。
こちらの方にも東屋と自販機があったから、ここで休憩する方が良かったかも。

大瀬の集落を抜けると、時折国道と合流しつつも、車が滅多に通らない静かな旧道となる。

まだ歩いたことがない国道を進もうかとも思ったが、きっと退屈だろう、忠実に遍路道を進むことにした。
「千人宿大師堂」にて手を合わせると、廃校を利用した「いかだや」が見えてきた。

2013年のへんろ地図には黒字で掲載されており、2016年版では消されているが、英語版へんろ地図には掲載されている。
さて、普通に泊まれる宿なのだろうか。

帰宅後、検索してみると、遍路宿とはなっているが、一室二名で泊った時の料金が掲載されている。一人でも泊まれるのだろうか。へんろ地図には載っていないし、交流施設と看板も出ていたので、二人以上のグループで利用する宿なのかも知れないし、ちょっとよく分からない。  


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2020年03月12日

【3巡目-513】 大瀬、旧小田町へ [2019年2月16日]〈その6〉

和田隧道はパスして、旧道らしき道を進む。住宅が立ち並んでいたが、しばらくで途切れる。

何も無い道を歩いていると、いきなりパン屋さんが見えてきたので驚いてしまった。こんな所にパン屋が、である。
トンネルの反対側の集落に到達したようである。

先程、昼食をたっぷり食べたばかりなので通過してしまったが、立ち寄ってみれば良かったなあ。美味しいパン屋さんはどこに店があってもお客さんは来てくれるのだろう。

再び国道歩きとなるが、程なくして大瀬への旧道への分岐となった。しかし、土砂崩れにより通行止となっている。歩きなら通れるかも知れないが、まだ歩いたことが無い国道をそのまま進むことにした。味気ない道で、やはり退屈である。

そんな時、前方からお遍路さんが歩いてくる姿が見えた。久しぶりに会う、他の歩き遍路さんである。

普通の杖ではなく、根っこがからんだような立派な物を手にしていた。
会釈をしてこんにちは、と挨拶する。目が合い、顔は穏やかそうだったものの、何の反応も無かった。

大瀬集落の対岸までやって来た。
内子の中華料理屋を出てから2時間以上歩き続けている。そろそろ休憩したいと思い、橋を渡って袂にある東屋で荷を下ろすことにした。  


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2020年03月09日

【3巡目-512】 水戸森峠、旧小田町へ [2019年2月16日]〈その5〉

石浦大師堂から集落の中を通り抜け、通常の遍路道となっている国道379号線に下りてきた。
右手には、へんろ地図にも載っている福岡商店があった。

山越えの峠よりは、平坦な国道を歩いた方がずっと楽だろう。既に一仕事終えた感がある。

大瀬に向かって国道を進むが、変化に富んだ先程までの水戸森峠の道に比べ、単調で退屈である。交通量もそれなりに多い。

長い四国の遍路道の中でも、この辺りは苦手な区間の一つである。

前方に長岡山トンネルが見えてきた。トンネルをくぐらない旧道もあるようなので、退屈しのぎに入ってみることにした。

渓流に沿って道が続き、こちらの方が気持ち良く歩くことが出来た。ただ、地図で見る限り、随分と遠回りをしている。

「お遍路無料宿」の前を通り、次に和田トンネルが見えてきた。

和田隧道へんろ道、と手作り看板があったが、こちらにも旧道らしき道があった。通り抜け出来るか不安はあるが、入ってみることにした。  


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